Salieri, Antonio

アントニオ・サリエリ

サリエリ
Salieri, Antonio
1750年08月18日~1825年05月07日
[イタリア] [作曲家]

[アントニオ・サリエリ 人物情報]

1750年8月18日イタリアのレガーノ生まれ。作曲家。ヴァイオリン奏者で作曲家タルティーニの弟子であった兄のフランチェスコからヴァイオリンとチェンバロを習った。1766年才能を買われてウィーンの宮廷に招かれた。1770年に自作のオペラが好評を博し、オペラ作曲家としての地位を確立した。1774年宮廷作曲家となり、1788年宮廷楽長となった。映画「アマデウス」ではモーツァルトを殺害した人物としてサリエリが描かれているが、そうした根拠はない。1825年5月7日ウィーンで死去。

Wikipediaの人物情報

アントニオ・サリエリAntonio Salieri、1750年8月18日 - 1825年5月7日)はイタリアのレニャーゴ生まれの作曲家である。

生涯

幼少のころからチェンバロ、声楽、ヴァイオリンの音楽教育を受け、たぐいまれな才能を顕わした。両親が死去した後、北イタリアの)とともにウィーンの宮廷へ招かれた。以後、ウィーンに留まり、皇帝ヨーゼフ2世 (神聖ローマ皇帝)によって1774年に宮廷作曲家、1788年には宮廷楽長に任命され、亡くなる直前の1824年までその地位にあった。1817年にはウィーン国立音楽大学の指導者に就任した。また、ニューイヤーコンサートで有名なウィーン楽友協会の黄金ホールの設計、特に空間性、音響効果の設計に携わった。

彼はウィーンで作曲家として、特にイタリアオペラ、室内楽それと宗教音楽において高い名声を博した。彼の43曲のオペラのうち、もっとも成功したのはパリのオペラ座で初演された「ダナオスの娘たち(Danaides)」(1784年)と「タラール(Tarare)」(1787年)だった。

サリエリは高い社会的地位を獲得し、しばしばフランツ・ヨセフ・ハイドンなどの著名な作曲家との交際があった。教育者としての評価も高く、彼の薫陶を受けた有名な生徒としてルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、フランツ・シューベルト、フランツ・リスト、カール・ツェルニー、ヨハン・ネポムク・フンメル、ジャーコモ・マイアーベーア、更にはモーツァルトの遺作のレクイエム (モーツァルト)を完成させたフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤー、モーツァルトの息子フランツ・クサーヴァー・モーツァルトが彼の指導の恩恵を受けた。また、ベートーヴェンの『ウェリントンの勝利』初演に参加し、砲手や太鼓奏者のための副指揮者を担当していた。

サリエリに関する事柄で最も有名なのはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと対立したことであり、1820年代のウィーンでは、サリエリがモーツァルトから盗作したり、毒殺しようとしたと非難するスキャンダルが起こった。ただし、これらは何ひとつ立証されてはいない。これはジョアキーノ・ロッシーニを担ぐイタリア派とドイツ民族のドイツ音楽を標榜するドイツ派の対立の中で、宮廷楽長を長年独占して来たイタリア人サリエリが標的にされたといわれている(また、モーツァルト自身も「ウィーンで自分が高い地位に付けないのはサリエリが邪魔をする為」と主張していたという)。

但し、映画『アマデウス_(映画)』などでなされているような、彼が精神病院で余生を閉じたり、モーツァルトを死に追いやったと告白する描写は当時のスキャンダラスな風聞を元にしており事実とは大きく異なる。実際に彼は死の直前まで入院していたが、それは痛風と視力低下が元で起こった怪我の治療の為である。ただ、身に覚えの無い噂に心を痛めていたらしく、弟子のイグナーツ・モシェレスにわざわざ自らの無実を訴えた所、かえってこれがモシェレスの疑念を呼び、彼の日記に「モーツァルトを毒殺したに違いない」と書かれてしまう結果になる。

彼は以前ロッシーニからも「モーツァルトを本当に毒殺したのか?」と面と向かって尋ねられた事があり、その時は毅然とした態度で否定する余裕があったが、病苦と怪我で気が弱くなっていたのは事実である。

実際の彼は経済的に成功した為か慈善活動にも熱心で、弟子からは一切謝礼を取らず、才能のある弟子や生活に困る弟子には支援を惜しまなかった。職を失って困窮する音楽家やその遺族の為に、互助会を組織し、慈善コンサートを毎年開催し、有力諸侯に困窮者への支援の手紙を書くなどしている。またイタリア出身の為、最後まで流暢なドイツ語が話せなかった。

近年、まだ一部の動きではあるが、サリエリの再評価をする向きがあり、チェチーリア・バルトリがサリエリのアルバムを出し、またオペラもDVD化されている。

主要作品

オペラ

  • アルミーダ Armida(オペラ・セリア) 初演1771年6月 ウィーン
  • ヴェネツィアの市La fiera di Venezia(オペラ・ブッファ)1772年1月ウィーン
  • 宿屋の女主人 La locandiera(オペラ・ブッファ) 初演1773年6月ウィーン
  • 見出されたエウローパ Europa riconosciuta(オペラ・セリア)初演1778年8月 ミラノ
  • やきもち焼きの学校 La scuola de'gelosi(オペラ・ブッファ)初演1778年12月 ヴェネツィア
  • セミラーミデ Semiramide(オペラ・セリア)初演1782年1月ミュンヘン
  • ダナオスの娘たち Les Danaides(トラジェディ・リリク)初演1784年4月パリ
  • トロフォーニオの洞窟(オペラ・ブッファ)初演1785年10月ウィーン
  • はじめに音楽、次に言葉(オペラ・ブッファ,1幕)初演1786年2月 ウィーン
  • オラース兄弟 Les Horaces(トラジェディ・リリク)初演1786年12月 パリ
  • タラール Tarare(トラジェディ・リリク)初演1787年6月パリ
  • オルムスの王アクスール(オペラ・セリア)初演1788年1月 ウィーン
  • 護符(オペラ・ブッファ)初演1788年9月 ウィーン
  • 花文字(オペラ・ブッファ)初演1789年12月 ウィーン
  • ヘラクレイトスとデモクリトス(オペラ・ブッファ)初演1795年8月 ウィーン
  • ペルシャの女王パルミーラ(オペラ・ブッファ)初演1795年10月 ウィーン
  • ムーア人(オペラ・ブッファ)初演1796年8月 ウィーン
  • ファルスタッフ(オペラ・ブッファ)初演1799年1月 ウィーン
  • ファルマクーザのチェーザレ(カエサル (称号))(オペラ・セリア)初演1800年6月 ウィーン
  • アンジョリーナ(オペラ・ブッファ)初演1800年10月 ウィーン
  • カプアのアンニーバレ(ハンニバル)(オペラ・セリア)初演1801年5月 ウィーン

関連作品

  • 『モーツァルトとサリエリ』 - モーツァルトの対立というスキャンダルを元に、ロシアの大詩人アレクサンドル・プーシキンが劇詩を発表している。
    • 『モーツァルトとサリエリ』 - 上記が原作のニコライ・リムスキー=コルサコフによるオペラ
  • 『アマデウス』 - ピーター・シェーファーによる戯曲(1979年)
    • 『アマデウス_(映画)』 - 上記の映画化作品で、アカデミー賞を受賞(1984年/2001年完全版)
  • 『マドモアゼル モーツァルト』(福山庸治)

これらの作品はどれもサリエリをモーツァルトに対し深い嫉妬を持ち、きわめて不誠実なことをした人物として描いている。しかし、映画『アマデウス』はサリエリへの新解釈としても知られる。

脚注

外部リンク

1750年生まれの人物
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