ノルウェーの作曲家。1843年6月15日ベルゲンで生まれる。 幼少より音楽に親しみ、ヴァイオリニストのブルに認められ1859年ライプツィヒ音楽院に入学する。卒業後はコペンハーゲンで活動。1867年クリスチャニア(現オスロ)フィルハーモニー協会指揮者となり、「ピアノ協奏曲」などを作曲。 1876年詩人のイプセンの依頼により代表曲「ペールギュント」を作曲した。グリーグの音楽は北欧的な哀愁のある、美しい景色の音楽であり、多くの民謡が取り入れられ、民族主義的な音楽でもある。
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エドヴァルド・グリーグ |
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[エドヴァルド・グリーグ 人物情報]
Wikipediaの人物情報
エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ(Edvard Hagerup Grieg、1843年6月15日 - 1907年9月4日) は、ノルウェーの作曲家である。2007年で没後100周年となった。現地語での発音は「エドヴァール・グリッグ」に近い。また語末のgが無声化してしばしば/k/と発音されるドイツ語読みの影響で「グリーク」と表記される事もある。
グリーグはノルウェーの民族音楽から着想を得て、国民楽派の作曲家として注目された。彼の民族音楽からの深い影響は組曲「ペール・ギュント (グリーグ)」1曲目、「朝」の冒頭がノルウェーの民族楽器であるハーディングフェーレの共鳴弦を端からつま弾いた時の旋律から始まっていることからもうかがうことができる。なお、彼の肖像は旧500ノルウェー・クローネ紙幣に描かれていた。
生涯
グリーグは、スウェーデン統治下のノルウェーで、ベルゲン市街の家に5人きょうだいの第4子(兄1人、姉2人、妹1人)として生まれた。父方の曾祖父アレクサンダーは1779年にノルウェーに帰化したアバディーンシャー出身のスコットランド人で、一族の苗字は本来Greig(グレッグ)であった。
1858年(15歳)、ヴァイオリニスト、オーレ・ブル(Ole Bull, 1810年 - 1880年)に才能を見出され、3年半の間ライプツィヒ音楽院で作曲とピアノを学ぶ。
1863年から3年間、デンマークのコペンハーゲンに居住し、作曲家ニルス・ゲーゼに学んだ。ここで、交響曲(作品番号なし)、ピアノソナタ (グリーグ)(作品7)、ヴァイオリンソナタ第1番 (グリーグ)(作品8)など初期の作品が作られた。また、従妹でソプラノ歌手のニーナ・ハーゲルップ(Nina Hagerup, 1845年 - 1935年)と出会い、1867年に結婚。後の歌曲は、ほとんどニーナ夫人のために作曲された。
1867年には、クリスチャニア(現オスロ)のフィルハーモニー協会の指揮者に就任し、民謡蒐集家リンネマンや、国民的詩人ビョルンスティエルネ・ビョルンソンと親交を持つ。『十字軍の王シーグル』のための劇音楽が作曲された。グリーグの重要な作品である『抒情小曲集』第1集を出版。
1877年から1880年まで、ベルゲン東方のハダンゲル(ハルダンゲル)地方に住んだ。次第に、民族音楽、民族楽器へ傾倒していく。
1884年にベルゲン近郊のトロールハウゲン(妖精の丘)に住家を建築、ベルゲン出身でデンマークで活躍した劇作家ルズヴィ・ホルベア(Ludvig Holberg, 1684年 - 1754年)の生誕200年のためにピアノ組曲『ホルベアの時代から』(翌1885年に弦楽合奏に編曲)を作る。
1901年(60歳)、次第に健康状態が悪化。『抒情小曲集』第10集を出版。1905年のノルウェー独立を見届けたあと、1907年、ベルゲンで没した。
兄ヨーンも、ライプツィヒ音楽院で学び、チェロを演奏したが、職業的音楽家にはならなかった。兄のために作曲したチェロソナタ (グリーグ)がある。
人物像
・ベルゲン)・ベルゲン)、妻ニーナと共に眠るグリーグはとても小柄であった。生前は卓越したテクニックのピアニストとしても著名で、自作を携えヨーロッパをたびたび演奏旅行している。
生地であるノルウェーの旧首都ベルゲンの自然と海をこよなく愛した。彼の死後、遺言によりトロールハウゲンの住居の下にある湖を望む岩壁に墓が設けられ、一部の遺灰は湖に撒かれた。
なお、作品番号の付されていない習作である交響曲は、同じノルウェーの作曲家ヨハン・スヴェンセンの交響曲を聴いて封印したというエピソードがある。
グリーグは終世、手のひらに乗るぐらいの小さな蛙の置物や子豚のぬいぐるみを大切にし、寝る時も一緒だったらしい。演奏会の時は、あがらないように、ポケットの中で蛙の置物をそっと握りしめたそうである。なお、この蛙の置物と子豚のぬいぐるみはグリーグの家(現在のエドヴァルド・グリーグ博物館)に展示されている。
作品
グリーグはピアノのために数多くの小品を作曲しており、「北欧のフレデリック・ショパン」と呼ばれることがある。また、ピアノとヴァイオリンのために3曲のソナタを書いた。
数あるグリーグの作品の中で、ヘンリク・イプセンの戯曲『ペール・ギュント』への付随音楽とイ短調のピアノ協奏曲 (グリーグ)が日本に於いて最も有名である。- 「悲劇の始まり」といった場面のBGMとして、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第5番 (ベートーヴェン)やヨハン・ゼバスティアン・バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」などと共によく利用される。グリーグの同曲はこれら2曲ほど有名ではないが、作曲家や曲名がわからなくても曲を聴けば誰でも聴いたことがあるという代表曲である。しかしグリーグの本領は、『抒情小曲集』と多数の歌曲に代表される小品に遺憾なく発揮されている。ピアノ曲や歌曲を管弦楽や弦楽合奏に編曲した作品も多い。
オペラ
- 『オーラヴ・トリグヴァーソン』(作品50、未完) 管弦楽組曲版 作品50aとピアノ曲版 作品50bがある
- 『アーンリョット・ゲッリネ』(スケッチ)
劇音楽
- 『十字軍の王シーグル』(作品22、1872年/1903年改訂)
- 『十字軍の王シーグル』組曲(作品56、1892年)
- 『ペール・ギュント (グリーグ)』(作品23、1875年/1885年、1888年、1891年、1902年改訂)
- 『ペール・ギュント』第1組曲(作品46、1888年)
- 『ペール・ギュント』第2組曲(作品55、1892年)
管弦楽曲・協奏曲
- ピアノ協奏曲 (グリーグ) イ短調(作品16、1868年/1907年まで数次の改訂)
- 4つのノルウェー舞曲(作品35、ピアノ連弾版:1881年/ハンス・ジットによるオーケストラ編曲版:1888年頃)
- 『オーラヴ・トリグヴァーソン』組曲(作品50a、未完のオペラから管弦楽編曲)
- 抒情組曲 (グリーグ)(作品54、抒情小曲集第5集から4曲をオーケストラ編曲:1904年)
- 交響的舞曲 (グリーグ)(作品64、ピアノ連弾版:1896年/オーケストラ版:1898年)
- 交響曲 (グリーグ)(作品番号無し)
- 秋に (グリーグ)(作品11)
- 古いノルウェーのメロディと変奏(作品51)
弦楽合奏曲
- 2つの悲しき旋律(作品34、2つの歌曲(作品33-3, 33-2)を編曲:1883年)
- 組曲『ホルベアの時代から』(作品40、ピアノ独奏版:1884年/弦楽合奏版:1885年) ※俗に『ホルベルク組曲』とも呼ばれる。
- 2つの旋律(作品53、2つの歌曲(作品33-12, 21-1)を編曲:1890年)
- 2つのノルウェーの旋律(作品63、2つのピアノ曲(作品17-22, 17-18)を編曲:1895年)
吹奏楽曲
- リカルド・ノルドローク追悼の葬送行進曲(1866年/1867年、1899年改訂)
ピアノ独奏曲
- ピアノソナタ (グリーグ)(作品7、1865年)
- 抒情小曲集(ピアノ独奏曲、全10巻/合計66曲)
- 第1集(作品12、1864年 - 1867年)
- 第2集(作品38、1883年)
- 第3集(作品43、1886年)
- 第4集(作品47、1885年 - 1888年)
- 第5集(作品54、1891年)
- 第6集(作品57、1893年)
- 第7集(作品62、1895年)
- 第8集(作品65、1896年)
- 第9集(作品68、1898年 - 1899年)
- 第10集(作品71、1901年)
- ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード(作品24、1876年)
- オペラ「オーラヴ・トリグヴァーソン」による2つの小品(作品50b、未完のオペラから編曲)
- ピアノのための7つのフーガ
室内楽曲
- ヴァイオリンソナタ第1番 (グリーグ)(作品8、1865年)
- ヴァイオリンソナタ第2番 (グリーグ)(作品13、1867年)
- ヴァイオリンソナタ第3番 (グリーグ)(作品45、1887年)
- チェロソナタ (グリーグ)(作品36、1883年)
- 弦楽四重奏曲 (グリーグ)(作品27、1878年)
歌曲
- 『君を愛す』(作品5-3、1864年 - 1865年)
- 『白鳥』(作品25-2、1876年)
- 『王女』(作品番号なし、1871年)
- 『モンテ・ピンチョより』(作品39-1、1870年)
- 『ソルヴェイグの歌』(作品22、1876年)『ペール・ギュント』の中の1曲。
- 『春』(作品33-2、1880年)
- 『傷ついた心』(作品33-3、1873年 - 1880年)
- 『世の中はそうしたもの』(作品48-3、1889年)
- 連作歌曲集『山の娘』(作品67、1896年 - 1898年)
外部リンク
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