ノルウェーの劇作家。1828年シェーンで裕福な商人の家に生まれる。8歳のときに家は破産し、薬剤師の徒弟となる。奉公をしながら大学へ進学するための勉強を続けるが失敗し、舞台監督を目指すようになった。 イプセンは処女作として史劇を発表し、その後ベルゲンで舞台監督兼著作者となる。ついでクリスチャニア(現オスロ)「国民劇場」から招聘を受け舞台監督となった。だが、国民劇場の破産で1864年にノルウェーを出国。イタリアやドイツに住み、劇詩『プランド』『ペール・ギュント』で名声を博す。1879年『人形の家』で世界的に有名となる。『人形の家』は婦人解放運動にも影響を与え、イプセンは近代劇の創始者と称される。1891年、63歳でノルウェーに帰国。
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ヘンリック・イプセンイプセン |
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[ヘンリック・イプセン 人物情報]
Wikipediaの人物情報
ヘンリック(ヘンリク)・イプセン(Henrik Johan Ibsen、1828年3月20日 - 1906年5月23日)は、ノルウェーの劇作家、詩人、舞台監督。近代演劇の創始者であり、「近代演劇の父」と称される。ウィリアム・シェイクスピア以後、世界でもっとも盛んに上演されている劇作家とも言われる。
代表作には、『ブラン』『ペール・ギュント』(エドヴァルト・グリーグが後に劇音楽を作曲する)『人形の家』『野鴨』『ロスメルスホルム』『ヘッダ・ガーブレル』などがある。自身はノルウェーを嫌い、長くドイツやイタリアで生活したため、ノルウェーの国民作家という意識は薄かったが、現在は国の象徴、そして世界史上最も重要な劇作家の一人として尊敬され、長らくノルウェーの最高額面の1000ノルウェー・クローネ紙幣にその肖像が描かれていた。
世界への影響
イプセンの劇は同時代の多くの人にスキャンダラスと考えられた。当時は家庭生活や礼儀についてのヴィクトリア朝的価値観がヨーロッパで大きく広まっており、それらに対するいかなる挑戦も不道徳的で非常識とされていたためである。イプセンは生活状況や道徳問題についての批評的な眼や疑問を紹介するため、主に現代劇に基礎を置いた。ヴィクトリア朝の演劇には、悪の力に立ち向かう高潔な主人公が期待されており、あらゆる劇は善が幸福をもたらし、不道徳は苦痛のみをもたらすという、道徳的にふさわしい結末で終わった。イプセンはこの考えと当時の信仰に挑み、観客の持つ幻想を破壊した。
日本の新劇運動はイプセン劇の上演から始まったといえる(参照:市川左團次 (2代目) 、文芸協会)。『人形の家』の主人公ノラは当時の「新しい女」として語られた。その作品群は今日でも演劇界に影響を与え続けている。中国においても、『新青年 (中国)』第四巻六号(1918年6月)がイプセン特集を組むなど、五四運動期に熱狂的に紹介され、女性解放運動に大きな影響を与えたほか、話劇の形成にも直接の影響を与えた。
作品
- カティリーナ(Catilina, 1850年)
- 勇士の塚(Kjæmpehøjen, 1850年)
- 聖ヨハネ祭の夜(Sancthansnatten, 1852年)
- エストロートのインゲル夫人(Fru Inger til Østeraad, 1854年)
- ソールハウグの宴(Gildet paa Solhoug 1855年)
- オーラフ・リッレクランス(Olaf Liljekrans, 1856年)
- ヘルゲランの勇士たち(Hærmændene paa Helgeland, 1857年)
- 愛の喜劇(Kjærlighedens Komedie, 1862年)
- 王位継承者(Kongs-Emnerne, 1863年)
- ブラン(Brand, 1865年)
- ペール・ギュント(Peer Gynt, 1867年)
- 青年同盟(De unges Forbund, 1869年)
- 皇帝とガリラヤ人(Kejser og Galilæer, 1873年)
- 社会の柱(Samfundets støtter, 1877年)
- 人形の家(Et dukkehjem, 1879年)
- 幽霊 (イプセン)(Gengangere, 1881年)
- 民衆の敵 (戯曲)(En Folkefiende, 1882年)
- 野鴨(Vildanden, 1884年)
- ロスメルスホルム(Rosmersholm, 1886年)
- 海の夫人(Fruen fra havet, 1888年)
- ヘッダ・ガーブレル(Hedda Gabler, 1890年)
- 棟梁ソルネス(Bygmester Solness, 1892年)
- 小さなエヨルフ(Lille Eyolf, 1894年)
- ヨーン・ガブリエル・ボルクマン(John Gabriel Borkman, 1896年)
- わたしたち死んだものが目覚めたら(Når vi døde vågner, 1899年)
日本語訳書
近年刊行の書籍のみ- 原千代海訳 『イプセン戯曲全集』(全5巻 未來社 1989年)
- 『イプセンの手紙』 未來社 1993年
- 原千代海訳で、4作品が岩波文庫でも刊行されている。
- 毛利三弥 『イプセン戯曲選集 現代劇全作品』 学校法人東海大学出版会 1997年
- 〔笹部博司の演劇コレクションhttp://www.majorleague.co.jp/shop/index.html〕A6版(文庫本)で2008年に6作品が出された。ほかに3作品の出版が予定されている。
- :笹部の演劇企画製作会社、「メジャーリーグ」 http://www.majorleague.co.jp/で刊行上演される。
脚注
外部リンク
- イプセン論(レフ・トロツキー)
- Ibsen in Japan
- イプセン ヘンリック:作家別作品リスト(青空文庫)
- イプセンを上演する会
- 【S】堤真一,佐野史郎,岡本健一,小日向文世,坂井真紀,八嶋智人,安田顕 ...明星真由美、ヘンリック・イプセン、徐賀余子、 デヴィッド・ルヴォー、磯沼陽子、小川幾雄、伊藤佐智子、 平田好、金子國義. ◆シス・カンパニー 獏のゆりかご(舞台演劇公演パンフレット) 杉田かおる、高橋克実、段田安則、マギー、小松和重、 池谷のぶえ、安田 ...
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