フランスの画家。1796年パリの裕福な婦人服飾商の子として生まれる。1825年から3度イタリアを訪れ、古典派・ロマン派・写実主義を学んだ。 1830年からフォンテンブローの森のはずれのバルビゾンに住み、ミレーやドーミエと交流した。「フォンテンブロー派」もしくは「バルビゾン派」「1830年派」とよばれる。風景画家として注目を集めたが、50年以降は人物画にも取り組んだ。1855年のパリ万博美術展でグランプリを獲得。
コローはどこにでもある貧しいつつましい農村風景などを主題とし、リアリズム運動に影響を与えるとともに後の印象主義にも大きな影響を残した。
代表作は『イタリア風景』『真珠の女』など。
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カミーユ・コローコロー |
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[カミーユ・コロー 人物情報]
Wikipediaの人物情報
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ジャン=バティスト・カミーユ・コロー(Jean-Baptiste Camille Corot, 1796年7月17日 - 1875年2月22日)は、19世紀のフランスの画家。
概論
19世紀の4分の3を生き、次世代の印象派との橋渡しをした画家である。詩情あふれる森や湖の風景画で知られるが、『真珠の女』のような人物画にも傑作がある。1825年から計3度イタリアへ旅行し、イタリア絵画の明るい光と色彩にも影響を受けている。理想化された風景でなく、イタリアやフランス各地のありふれた風景を詩情ゆたかに描き出す手法はのちの印象派の画家たちにも影響を与えた。
生涯
1796年、パリの裕福な織物商人の子として生まれる。学生時代はルーアン(ノルマンディー地方)及びポワシー(パリ近郊)の寄宿学校で学んだ。コローは、画家になることを反対していた父親にしたがい、いったんは商人としての修業をするが、1822年、26歳の時、ようやく父の許しを得て画家を志し、当時のアカデミックな風景画家アシール=エトナ・ミシャロン(1796年 - 1822年)やジャン=ヴィクトール・ベルタン(1767年 - 1842年)に師事する。当時としては画家を志すには遅いスタートであった。前年の1821年にコローの妹が死去しており、コローの両親はこの妹のために用意していた持参金をカミーユのために使うことを許したのである。最初の師ミシャロンはコローと同年生まれの若手風景画家であったが、コローが師事してから数か月後、26歳の若さで他界した。師を失ったコローは、ミシャロンの師であったベルタンに師事することになった。ベルタンは大きな画塾を構え、当時のフランス風景画の第一人者であった。
コローは生涯に3度イタリア旅行をしている。1回目の旅行はもっとも長く、1825年9月から1828年秋に及び、ローマとその近郊を中心に、ヴェネツィアなどにも滞在している。この時、戸外で制作した習作風景画には色彩感覚や構図法などに近代的感覚を見せるものが多く、後の印象派などの世代の画家に影響を与えている。コローはその後1834年と1843年にもそれぞれ半年ほどイタリアに滞在した。
またコローは、晩年に至るまでフランス各地を精力的に旅行し、各地の風景をキャンバスにとどめている。特にパリの西の郊外にあるヴィル=ダヴレーには父の購入した別荘があったことから頻繁に滞在している。また、フォンテーヌブローの森においても1920年代から制作を行っていた。
サロン・ド・パリ(官展)には、イタリア滞在中の1827年に『ナルニの橋』(カナダ国立美術館)などを出品して以来、晩年まで精力的に出品し、1848年にはコロー自身がサロンの審査員に任命された。1855年にはパリ万国博覧会 (1855年)に6点の作品を出品し、グランプリを得ている。晩年は大家として認められるようになり、死の直前までフランス各地への旅行と制作を続けた。1875年2月22日、病のため死去。生涯未婚であった。
作風と影響
コローの風景画は、神話や歴史物語の背景としての風景ではなく、イタリアやフランス各地のありふれた風景を描いたものが多い。特に1回目のイタリア滞在の際に制作した風景習作には、その光の明るさ、大胆なタッチなどに近代性を見せるものが多い。春から夏に戸外で制作を開始し、それを秋から冬にかけてアトリエで仕上げるのがコローの風景画制作の基本であった。後半生には、画面全体が銀灰色の靄に包まれたような、独特の色調の風景画を描いた。こうした風景画は、明確な主題のある「歴史画」とも、現実の風景をそのまま再現した風景画とも異なるもので、現実の風景の写生を土台にしつつ、想像上の人物を配した叙情的風景画である。コローは、こうした風景画のいくつかに『思い出』(souvenir)というタイトルを与えている。
人物画は、親戚、友人など親しい人々の肖像画と、モデルに民族衣装などを着せて描いた空想的人物像に分かれる。著名人の肖像画はほとんど残していない。
コローの作品は、モダニズムを先取りしたものとして、後世の美術家に多大な影響を与えた。コローの影響を受けた画家としては、印象派・ポスト印象派のカミーユ・ピサロ、クロード・モネ、ポール・セザンヌ、フォーヴィスムのアンリ・マティス、アンドレ・ドラン、キュビスムのパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、フアン・グリスなどが挙げられる。ピサロは1855年のパリ万国博覧会でコローの作品を見ており、ピカソは何点かのコロー作品を収集していた。1909年にサロン・ドートンヌで開かれたコローの人物画の特別展示はピカソらに影響を与えたことが指摘されている。ヨーロッパ以外では日本でもコローは早くから紹介され、浅井忠ら影響を受けた画家が多い。
交友関係
コローは、ジャン=フランソワ・ミレーやテオドール・ルソーなどの画家と親交があり、バルビゾンで作品を描く事も多かったので、バルビゾン派の一人に数えられている。また、晩年にはオノレ・ドーミエなどの貧しい画家に援助を与えていた事でも知られ、多くの画家から慕われていた。
代表作
蔵- モルトフォンテーヌの思い出(1864)(ルーヴル美術館)
- コローの空想的風景画の代表作。ヤドリギの実や花を摘もうとしている3人の人物を描く。1864年のサロンに出品され、ナポレオン3世が購入し、ルーヴルの所蔵となった。斜めに傾いた樹木のモチーフは他の作品にもしばしば見られる。樹木が舞台の幕のように使われる構図法にはパリ国立オペラの舞台美術の影響が指摘されている。
- 真珠の女(1868-70年頃)(ルーヴル美術館)
- コローが没するまでアトリエに置いていた作品。モデルはロマン派の画家テオドール・シャセリオーのモデルも務めたとされるベルト・ゴルトシュミットという人物。まとっている衣装はイタリア中部のアルバーノ地方の民族衣装で、コローが弟子の画家でローマにいたエドゥアール・ブランドンに依頼して調達したものである。両手の組み方には『モナ・リザ』との類似が指摘される。『真珠の女』と通称されているが、額に影を落としている真珠のようなものは、木の葉を綴った冠の一部である。
- 青い服の婦人(1874年)(ルーヴル美術館)
- 最晩年の作品で、画家の死後、1900年のパリ万国博覧会で初めて公開された。モデルは、コローの他の絵でもモデルを務めているエマ・ドビニーと推定されている。
- ナルニの橋(1827年)(オタワ、カナダ国立美術館)
- ヴィル=ダヴレーのカバスユ邸(1835-40年頃)(村内美術館、文化庁登録美術品第6号,西洋絵画では国内初の登録)
- 朝、ニンフの踊り(1850頃)(オルセー美術館)
- マントの橋(1868-70年頃)(ルーヴル美術館)
参考文献
- 陳岡めぐみ、国立西洋美術館編『コロー 光と追憶の協奏曲』(特別展図録)、読売新聞東京本社、2008
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