Coltrane, John

ジョン・コルトレーン

コルトレーン
Coltrane, John
1926年09月23日~1967年07月17日
[アメリカ] [演奏家]

[ジョン・コルトレーン 人物情報]

アメリカのジャズ・サックス奏者。1926年ノースカロライナ州ハムレットに洋服仕立て職人の子として生まれる。 1955年に「ザ・マイルス・デイヴィス・クインテット」のメンバーに抜擢され、当初は評価が良くなかったがその後「モード奏法」を編み出しすなど、飛躍的な進歩を遂げた。 またインドのヨガに興味を持ち、シタール奏者のラビ・シャンカールにインド音楽を師事した。 代表作は「コルトレーン」「ブルー・トレイン」「バラード」「至上の愛」など。

Wikipediaの人物情報

ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926年9月23日 - 1967年7月17日)は、アメリカ合衆国、ノースカロライナ州生まれのモダンジャズのサクソフォーン奏者。主にテナー・サックスを演奏したが、活動最初期はアルト・サックス、1960年代よりソプラノ・サックス、最晩年にはフルートの演奏も残している。活動時期は、1950年代のハード・バップの黄金時代から1960年代のモード・ジャズの時代、さらにフリー・ジャズの時代にわたり、それぞれの時代に大きな足跡「ジャイアントステップ」を残した。

長い間無名のままでいたため、第一線で活躍した期間は10年余りであったが、自己の音楽に満足せずに絶えず前進を続け、マイルス・デイヴィスと並ぶ20世紀のジャズ最大のカリスマとなった。特に、1940年代にチャーリー・パーカーらが確立した4ビート・バップ・ジャズのアドリブ方法論を、現代的に再構築した功績は大きい。コルトレーンの構築したアドリブ方法論は4ビート・ジャズだけでなく、ロック (音楽)やフュージョン (音楽)など他ジャンルのサウンドにもそのまま通用するものだった。このため、コルトレーンの影響はサックス奏者にとどまらず、他の楽器の演奏家にも及んでいる。

短い活動期間にもかかわらず、アルバムに換算して200枚を超える多数の録音を残した。現在でも多くのジャズ愛好家たちに愛され続けており、彼の残したレコードはほとんどが廃盤にはならずに(あるいは一旦廃盤になっても再発売される形で)、現在でも流通し続けている。さらに、死後40年以上経過した現在でも未発表テープが発掘され、新譜として発表される状況が続いている。

愛称はトレーン(Trane)。

略歴

前期(~1958年)

13歳でクラリネットを始める。後にアルト・サックスに転向し、1946年よりプロとして活動開始。1949年にディジー・ガレスピーのバンドに参加し、その後サクソフォーンに転向。ほとんど無名のままいくつかのバンドを転々とした。レコーディングの機会にもあまり恵まれず、この時期のコルトレーンの録音はごくわずかしか残っていない。

1955年にマイルス・デイヴィスのグループに入る。マイルスはすでにジャズの大スターであったため、マイルスバンドに抜擢されたコルトレーンもその名前が知られるようになり、マイルスバンド以外のレコーディングの機会も多くなる。しかしこの時期のコルトレーンの演奏は決して評判のよいものではなかった。

1957年に一旦マイルスバンドを退団。その後はセロニアス・モンクのバンドに加入し、モンクから楽理の知識を授かるとともに音楽的修業に一層打ち込む。また同時期に麻薬中毒も克服。同年3月にマイルスバンド時代の同僚であったピアニストのレッド・ガーランドの紹介でプレスティッジ・レコードと契約。5月には初リーダー・アルバム『コルトレーン』の吹き込みを行っている。

同年7月にニューヨークのライブハウス「ファイブ・スポット」にモンクバンドとして出演。コルトレーンはこの月「神の啓示」を得たと語っている。「神の啓示」が本当に意味するところは本人にしか分からないが、この月以前に録音されたトレーンの演奏はどこか不安定でぎこちなさが残っていたのに対し、この月以降に録音された演奏はどれもが自信に満ちたものに変わっており、本人の内面に何らかの大きな精神的変化が訪れたものと考えられる。いずれにせよ、1957年7月は20世紀を代表する一人のジャズの巨人が誕生した月として記憶されるべき月となる。9月にはブルーノート・レコードにて初期の代表作『ブルー・トレイン (ジョン・コルトレーンのアルバム)』を吹き込んでいる。

1958年、モンクの元を離れ、マイルスバンドに再加入。マイルスはこの時期、コルトレーンをソニー・ロリンズと並ぶ2大テナー奏者として高く評価した。また音楽評論家のアイラ・ギトラーは同年『ダウン・ビート』誌において、音を敷き詰めたようなコルトレーンの演奏スタイルを「シーツ・オブ・サウンド」と形容。以後、この形容は初期コルトレーンの奏法の代名詞となる。一方、コルトレーンのソロはいつも長かった。また常にフォルテッシモで速いパッセージばかり吹き続けたため、彼の演奏はぶっきらぼうで怒っているように聴こえたことから、Angry Young Tenor Man(怒れる若きテナーマン)と揶揄されることもあった。

中期(1959年~1961年)

1959年、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』収録に参加。またアトランティック・レコードに移籍し、中期の代表作『ジャイアント・ステップス』を録音。このころから単なるハード・バップ・テナー奏者から脱却すべく独自の音楽性を模索する試みが始まる。自作自演の曲が増え、また同じ曲の録音でありながら、異なるサイドメンを起用してテイクを重ねるなどの実験を行っている。

1960年春、マイルスバンドを脱退。その後マッコイ・タイナー、エルビン・ジョーンズを中心に自身のレギュラー・バンドを結成しツアーに出ている。10月には自身のレギュラー・バンドで大規模なレコーディングを敢行。このときのセッションからは『マイ・フェイヴァリット・シングス (ジョン・コルトレーンのアルバム)』、『ジョン・コルトレーン・プレイズ・ザ・ブルース』、『コルトレーンズ・サウンド(邦題:「夜は千の目を持つ」)』などのアルバムが発表されている。アルバム『マイ・フェイヴァリット・シングス』のタイトル曲「マイ・フェイヴァリット・シングス」は、コルトレーンの最初のヒット曲となった。この演奏に現れる「3拍子+マイナー・メロディ+サクソフォーン」という組み合わせは、以後コルトレーンの定型パターンとしてを繰り返し用いられている。またソプラノ・サックスは、コルトレーンに採り上げられたことを契機に楽器としての魅力が広く認知され、以後ジャズ・フュージョン系のサックス奏者たちの"必修科目"として盛んに用いられるようになる。

1961年、アトランティックを離れ、インパルス!レコードに移籍。3月にはマイルスのアルバム『サム・デイ・マイ・プリンス・ウィル・カム(邦題:「いつか王子様が」)』の録音にゲストとして参加。その後、新進気鋭のリード奏者エリック・ドルフィーを自己のバンドに加えるとともに、アレンジャーとしても起用し、大型ブラスセクションによる録音に取り組む。一方でその直後に、アルバム『オーレ!コルトレーン』も録音している。前者の録音からはインパルス最初のアルバムとして『アフリカ・ブラス』『アフリカ・ブラス・セッション vol. 2』の2枚が発売。後者はアトランティックから発売された。また秋にはニューヨークのライブハウス「ヴィレッジ・ヴァンガード」にほぼ連日出演したりヨーロッパツアーにも出ている。これらの演奏の様子は、後年『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』を初めとする数多くのライブ・アルバムで聴くことができるようになってきている。

後期(1962年~1964年)

1962年、エリック・ドルフィー退団。以後コルトレーンはマッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン(ベース (弦楽器))、エルヴィン・ジョーンズというほぼ不動のメンバーによるカルテットとともに活動、バンド全体が一体となって演奏を繰り広げるという表現方法を確立。コンサートでは1曲の演奏時間が30分から1時間に及ぶこともざらであった。

このようにステージでの演奏は激烈を極める一方だったが、レコーディング・スタジオではインパルス!レコードの看板アーティストとしてレコードの売り上げにも関心を示し、デューク・エリントンとの共演(『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』、1962年録音)、スローバラードばかり取り上げた『バラード (アルバム)』(1962年録音)、ジャズ・ボーカルをメインに据えた『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』(1963年録音)のような企画物レコードの作製にも取り組んだ。

1964年末、『至上の愛』を録音。また1965年に入ると、コルトレーンのモード・ジャズは極限にまで達し、特定の調性にとらわれず、あらゆるスケールを縦横無尽に使うことによって「無調性音楽」の色彩が強くなっていく。

フリー・ジャズ期(1965年~1967年)

1965年6月、コルトレーンはついにアルバム『アセンション (アルバム)』を発表し、フリー・ジャズに転向する。コルトレーンはこの時期、マイルスと並んでジャズの指導者的地位にいたが、そのような権威ある人物がフリー・ジャズを支持したことは、それまでフリー・ジャズの音楽的意義を理解せず、その価値を認めようとしてこなかった保守的ジャズ・ファンに大きな衝撃を与えた。またコルトレーンは、同じテナー奏者の ファラオ・サンダースを加入させ、動のサンダースに対して静のコルトレーンという対比をうまく作り出すことに成功。コルトレーンのフリー・ジャズは激烈さの中に静謐さが同居するもので、瞑想的と表現されることが多い。

1965年ごろまで、コルトレーンはサックスを吹く際ほとんどビブラートを用いなかったが、晩年になると強烈なビブラートを用いる奏法に変化していく。同年12月にマッコイ・タイナーがバンドを離れ、アリス・コルトレーン(1966年にジョンと結婚)が加入。1966年3月にはエルヴィン・ジョーンズも退団し、ラシッド・アリをドラマーとして加入させる。

1966年7月に来日。9都市を回るという大がかりなツアーであった。記者会見で「10年後のあなたはどんな人間でありたいと思いますか?」という質問に対し「私は聖者になりたい」と答えたというエピソードがある。また同記者会見にてもっとも尊敬する音楽家は?という質問に対し、オーネット・コールマンの名前を挙げたといわれる。

1967年5月7日、ボルチモアで最後のコンサートを行う。1967年7月17日、肝臓癌で亡くなる。

私生活

  • ピアニストのアリス・コルトレーンを妻に、サクソフォーン奏者のラヴィ・コルトレーンを次男に、サックス・クラリネット奏者のオラン・コルトレーンを三男に持つ。また、エレクトロニカで知られる、フライング・ロータスことスティーヴン・エリソンは彼の甥である。
  • 甘い物が大好物で虫歯だらけだったが、歯医者嫌いだったという。
  • が史跡として保存されている。

アルバム

  • コルトレーン - Coltrane(プレスティッジ・レコード)
  • ブルー・トレイン (ジョン・コルトレーンのアルバム) - Blue Train(ブルーノート・レコード)
  • ソウルトレーン - Soultrane(プレスティッジ)
  • ジャイアント・ステップス - Giant Steps(アトランティック・レコード)
  • コルトレーン・ジャズ - Coltrane Jazz(アトランティック)
  • アヴァンギャルド (アルバム) - The Avant-Garde(アトランティック)
  • コルトレーン・サウンド(夜は千の目を持つ) - Coltrane's Sound(アトランティック)
  • マイ・フェイヴァリット・シングス (ジョン・コルトレーンのアルバム) - My Favorite Things(アトランティック)
  • ジョン・コルトレーン・プレイズ・ザ・ブルース - John Coltrane Plays the Blues(アトランティック)
  • オーレ!コルトレーン - Ole! Coltrane(アトランティック)
  • アフリカ・ブラス - Africa Brass(アトランティック)
  • ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード - "Live" at the Village Vanguard(インパルス!レコード)
  • コルトレーン - Coltrane(インパルス)
  • ライヴ・アット・バードランド - "Live" at Birdland(インパルス)
  • バラード (アルバム) - Ballads(インパルス)
  • デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン - Duke Ellington & John Coltrane(インパルス)
  • ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン - John Coltrane & Johnny Hartman(インパルス)
  • インプレッションズ (ジョン・コルトレーンのアルバム) - Impressions(インパルス)
  • 至上の愛 - A Love Supreme(インパルス)
  • ジョン・コルトレーン・カルテット・プレイズ - John Coltrane Quartet Plays(インパルス)
  • トランジション - Transition([インパルス)
  • アセンション (アルバム) - Ascension(インパルス)
  • ファースト・メディテーション - First Meditation(インパルス)(1977年発売)
  • クル・セ・ママ - Kulu Se Mama(インパルス)
  • メディテーション - Meditation(インパルス)
  • インフィニティ (ジョン・コルトレーン) - Infinity(インパルス)
  • エクスプレッション - Expression(インパルス)

などがある。サイドマンとしてのものを含めたものはを参照。

関連項目

  • コルトレーン・チェンジズ
  • コルトレーン (小惑星)

脚注

外部リンク

1926年生まれの人物
茨木のり子 / ジョン・コルトレーン / マイルス・デイビス / 星新一 /

ジョン・コルトレーンに関するブログ記事
  • ジョン・コルトレーン名曲集【My One And Only Love】マイ・ワン・アンド ...
    ジョン・コルトレーン名曲集【My One And Only Love】マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ 多くの方が、ご存じのコルトレーンのインパルス時代のいわゆるジョニー・ハートマンとの共演盤です。 何ともいえないムードが漂います。コルトレーンにも ...
  • 『ジョン・コルトレーン・オン・ベツレヘム』(ジョン・コルトレーン) - 雑記帳
    ジョン・コルトレーン・オン・ベツレヘム』(ジョン・コルトレーン) · ジョン・コルトレーン・オン・ベツレヘム. アーティスト: ジョン・コルトレーン; 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン; 発売日: 2001/07/25; メディア: CD; この商品を含むブログを見る ...
  • 新・世界ブラボー日記 and, ジョン・コルトレーン
    ジャズ・サックス史上最大の巨人ジョン・コルトレーンは、他のいろんなジャズ・ジャイアントとの共演作を残しています。 もともと下積みが長かったので、売れてからもサイドマンとしてあちこち顔を出していた。 勉強熱心な人です。 また、人様の ...
  • 伝説のジャズ・プレイヤー、ジョン・コルトレーンの家の永久保存。 - 世界の ...
    BBC Newsは2012年01月20日に、伝説のジャズ・プレイヤー、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)が、ニューヨークのロングアイランド(New York's Long Island)にある彼の家の階上の部屋に閉じこもった。 彼が、最高傑作「A Love Su...
  • 一発かましてやろうぜ、の一部始終。 - 横浜高田八幡。
    午前10時30分ごろ集積車がくるので、それまでに生ゴミを含め身の回りの掃除をする。 最後は大概贔屓にしている「ミュージック・エア」チャンネルを見ながら皿洗いをする。 今朝はジョン・コルトレーンの、60年代の欧州公演を集めたものだった ...
  • TADD DAMERON WITH JOHN COLTRANE / MATING CALL | small ...
    そのダメロンのリーダー作でもことさら貴重な1枚が、上昇期のジョン・コルトレーンを起用したコンボ編成のこのアルバムです。彼のリーダー作はあまり数多く残されてなく、なかでもこのような小編成コンボ演奏はとても珍しいと思います。
  • ジョン・コルトレーン アンド ジョニーハートマン(SHM-SACD): DYNA新宿 ...
    ジョン・コルトレーン アンド ジョニーハートマン(SHM-SACD). Ucgu9002m01dl_2 『ジョン・コルトレーン アンド ジョニー・ハートマン』. ■ ジャンル:ジャズ. ■ 演奏:ジョン・コルトレーン(テナーサックス). ジョニー・ハートマン(ヴォーカル) ...
  • 鎌倉翔太 : 卒論資料(ジョン・コルトレーンと公民権運動)
    卒論資料(ジョン・コルトレーンと公民権運動). 「マルコムと逆の軌跡を描いた『至上の愛』 黒人運動の高まりとともに、コルトレーンは発展していった。彼自身は政治や運動には関わろうとはしなかったが、彼自身の表現衝動や内面が深く大衆の ...
  • セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーン 『ライヴ・アット・カーネギー・ホール ...
    ライヴ・アット・カーネギー・ホール. アーティスト: セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーン; 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン; 発売日: 2005/09/22; メディア: CD. コルトレーンとモンクの素晴らしいセッション。音質も最高ですのでお買い得 ...
  • 河出書房新社|ジョン・コルトレーン
    KAWADE夢ムック. ジョンコルトレーン ジョン・コルトレーン. 後藤 雅洋 責任編集. 定価1260円(本体1200円) ISBN 978-4-309-97767-6 ● Cコード 9473. ※未刊. 内容紹介 没後45年をむかえるモダン・ジャズの巨人ジョン・コルトレーンの足跡を、ロックやヒップ ...

ジョン・コルトレーンに関するニュース
  • ジャズ名盤店、今月末で閉店 (1月30日 9時42分)
    リー・モーガン、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイビス……。中古盤と輸入盤を扱うアーリーレコードは、昭和通り沿いのビルの2階にある。同市南区でジャズ喫茶を営んでいた丹野さんが、持っていたLP約3千枚をもとに1986年12月に ...
  • ジャズ名盤店、あす限り幕 円高も影響、福岡市で25年(1月30日 0時52分)
    リー・モーガン、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイビス……。中古盤と輸入盤を扱うアーリーレコードは、昭和通り沿いのビルの2階にある。同市南区でジャズ喫茶を営んでいた丹野さんが、持っていたLP約3千枚をもとに1986年12月に ...
  • Sonny Rollins, Vol. 2 (The Rudy Van Gelder Edition Remastered)(2月7日 16時06分)
    iTunes Store を開いています。iTunes が開かない場合は、Dock または Windows デスクトップで iTunes アイコンをクリックしてください。進捗インジケータ iTunes iTunes はデジタルメディアのコレクションの管理、追加がとても簡単に行えるツールです。 お使いの ...
  • iTunes 10の新機能iTunesとは?iTunesで何をしよう?iTunesを使いこなす(2月7日 3時41分)
    iTunes Store を開いています。iTunes が開かない場合は、Dock または Windows デスクトップで iTunes アイコンをクリックしてください。進捗インジケータ iTunes iTunes はデジタルメディアのコレクションの管理、追加がとても簡単に行えるツールです。 お使いの ...

Powered by Bing