Stendhal

スタンダール

スタンダール
Stendhal
1783年01月23日~1842年
[フランス] [作家]

[スタンダール 人物情報]

フランスの作家。本名はマリ・アンリ・ベール。
1783年グルノーブルに生まれる。 幼少期に母を亡くし、厳格な弁護士の父親に教育された。 1799年パリに出て陸軍省に入り、ナポレオンのイタリア遠征に参加した。陸軍経理官としてドイツ、オーストリアに滞在し、1812年のモスクワ遠征に従軍した。ナポレオン没落後は7年間ミラノに暮らした。1821年パリに戻り、『恋愛論』や代表作『赤と黒』を発表した。
1830年の7月革命後はトリエステ領事、チヴィタ・ヴェッキア領事を務めた。1842年パリの街頭で脳溢血の発作を起こして死去。 スタンダールは生涯に10人以上の女性と浮き名を流し、なかでもマチルド・ヴィスコンチーニへの報われない恋は『恋愛論』を生んだとしては有名。
代表作はほかに『パルムの僧院』『エゴチスムの回想』など。

Wikipediaの人物情報

スタンダールStendhal、1783年1月23日 - 1842年3月23日)は、グルノーブル出身のフランスの小説家。本名はマリ=アンリ・ベールMarie Henri Beyle)という。ペンネームのスタンダールはドイツの小都市シュテンダルに由来すると言われている。

経歴

グルノーブル高等法院の弁護士の子として生まれる。母方の実家も地元の名士であり、スタンダールは幼少期を地方の名士の子として何不自由なく暮らした。7歳の時に亡くなった母を終生、異常なまでに偏愛し続け、その反動で、実務家で王党派の父を激しく憎み続けた。そのため、スタンダールは父とは正反対のロマンチストの共和主義者として、その後の生涯を送る事になる。

父の期待を受けて勉学にいそしんだスタンダールは、1799年、優秀な成績で理工科学校の入学試験に合格する。しかし、慣れないパリの生活でノイローゼになり、母方の祖父のアンリ・ガニョンの従兄弟のノエル・ダリュの家に引き取られる。ダリュの息子が当時、陸軍省事務次官をつとめていた関係から、スタンダールはダリュの口利きで陸軍少尉に任官し、イタリア戦役 (1799-1800年)に参加した。母方のガニョン家がイタリア系だったこともあり、元来、イタリアに憧れを持っていたスタンダールは遠征先のイタリアを気に入り、以後、イタリアを第二の故郷とみなすようになる。なお、祖国・フランスは父のイメージと重なるためか、生涯好きになる事は出来なかった。

軍人となったスタンダールだったが、実際には馬に乗る事も剣を振るう事も出来ず、もっぱら女遊びと観劇にうつつをぬかしていたと言われる。1802年、軍を辞め、輸入問屋に勤めたりしたが、大陸封鎖令によって海外貿易が途絶してしまったため、1806年、ダリュを頼って、陸軍主計官補の仕事を得、その後は官僚として順調に出世し、1810年には帝室財務監査官にまで昇進する。その後も経理畑を歩んでいくが、ナポレオン・ボナパルトの没落によって、スタンダール自身も没落する。

その後はフリーのジャーナリストとして、活躍する。ナポレオン没落後、イタリアに渡り、現地の自由主義者と親交を結ぶが、やがて「スタンダールはフランスのスパイだ」という噂が広まり、失意のうちにフランスに帰国している。

不遇の時代に、スタンダールは1822年、39歳の時に『恋愛論』、1830年に『赤と黒』を発表している。特に、元神学生による殺人未遂事件を素材に、野心に燃える青年の成功と挫折を描いた代表作『赤と黒』は、当時は評判にはならなかったが、フランス復古王政下のフランス社会を鋭く批判したものであり、彼の政治思想の真骨頂がよく表現されている。

1830年、七月革命が勃発すると、自由主義者として知られていたスタンダールに再び政治の世界から声がかかるようになり、トリエステ駐在フランス領事に任命された。しかし、オーストリアの宰相・メッテルニヒの承認が得られなかったため、ローマ教皇領チヴィタヴェッキア駐在フランス領事に転じた。1836年から39年まで休暇をとってパリに戻り、『パルムの僧院』を書いた。

1842年、パリの街頭で脳出血で倒れ、死去。墓碑銘は「ミラノ人アッリゴ・ベイレ 生きた、書いた、愛した」である。

主な作品

  • 赤と黒 ("Le Rouge et le Noir", 1830年)
  • パルムの僧院 ("La Chartreuse de Parme", 1839年)
  • 恋愛論 ("De l'amour", 1822年) それぞれ作家大岡昇平も訳している。
  • リュシアン・ルーヴェン ("Lucien Leuwen", 1835年)
  • アルマンス、初期長編 ("Armance", 1827年)
  • アンリ・ブリュラールの生涯 ("Vie de Henry Brulard")、自伝著作 未完
  • カストロの尼 ("L’Abbesse de Castro", 1839年)、以下5作品は「イタリア年代記 ("Chroniques italiennes", 1837-1839年)」
  • ミーナ・ド・ヴァンゲル ("Mina de Vanghel", 1830年)
  • ラミエル ("Lamiel ", 1839–1842年)
  • ヴァニナ・ヴァニニ ("Vanina Vanini", 1829年)
  • チェンチ一族 ("Les Cenci", 1837年)ほか4作品
「スタンダール全集6」にある(人文書院全12巻、実質は作品集) 
  • イタリア紀行 ローマ、ナポリ、フィレンツェ ("Rome, Naples et Florence", 1817年)
  • イタリア旅日記 ローマ、ナポリ、フィレンツェ (1826年)
  • ある旅行者の手記 ("Mémoires d'un touriste", 1838年)
  • 南仏旅日記 ("Voyage dans le Midi de la France", 1930年)
  • ローマ散歩 ("Promenades dans Rome", 1829年) 以上5点は新評論刊
  • ジョアキーノ・ロッシーニ伝 ("Vie de Rossini", 1823年) 山辺雅彦訳 みすず書房 大著
  • ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト ("Vies de Haydn, Mozart et Métastase", 1815年) 高橋英郎・富永明夫訳 東京創元社 小品
  • ナポレオン・ボナパルト伝 ("Vie de Napoléon", 1817-1818年)佐藤正彰訳と西川長夫訳(全集)がある

関連項目

  • スタンダール・シンドローム

外部リンク

1783年生まれの人物
ワシントン・アーヴィング / シモン・ボリバル / スタンダール /

スタンダールに関するブログ記事
  • 【動画】川島永嗣フル出場!リールス×スタンダール・リエージュ[11/12 ...
    【動画】川島永嗣フル出場!リールス×スタンダール・リエージュ[11/12]. 2012年2月4日のベルギー・ジュピラーリーグ11-12、リールス×スタンダール・リエージュ戦のユーチューブ速報映像です。試合結果は、0 - 2でスタンダール・リエージュが勝ち ...
  • 世界のサッカー情報: ヴィスワ・クラクフ対スタンダール・リエージュの試合 ...
    ヴィスワ・クラクフ対スタンダール・リエージュの試合は氷点下27℃か」 2月27日、スタンダール・リエージュはヴィスワ・クラクフとのヨーロッパリーグ・ベスト32の試合のためにポーランドに行くことになっている。 しかし問題が。東ヨーロッパを襲っ ...
  • スタンダール・シンドローム:エンタメ三昧な時間:So-netブログ
    スタンダールシンドローム299.jpg. スタンダール・シンドローム 【字幕版】 [VHS]. 日本コロンビア株式会社 発売時定価15,725円. 1996年イタリア映画/ビスタ・サイズ/英語版/日本語字幕. 内容(「VIDEO INSIDER JAPAN」データベースより) ...
  • スタンダール・リエージュ vs リールセSK 動画 [ベルギー・カップ 2011-12 ...
    2012年01月18日のベルギー・カップ2011-12 準々決勝第2戦、スタンダール・リエージュ対リールセSKのYouTubeハイライト動画です。
  • 【サッカー】川島永嗣、格上スタンダールを破り、準決勝に進出/ベルギー杯 ...
    【サッカー】川島永嗣、格上スタンダールを破り、準決勝に進出/ベルギー杯準々決勝第2戦.
  • 【サッカー】リールセ主将のGK川島永嗣 格上スタンダールを破り、準決勝 ...
    1 名前:ポポポポーンφ ★:2012/01/20(金) 21:56:29.59 ID:???0: ベルギー杯準々決勝第2戦 リールセ4-2スタンダール (1月18日) リールセ主将のGK川島永嗣がベルギー杯で準決勝進出を果たした。ホームの第1戦で1―2と敗れて迎え ...
  • 死後に認められたスタンダール: ケペル先生のブログ
    スタンダール(1783-1842)。本名アンリ・ベール。1783年1月23日、フランスのグルノーブルで生まれた。父シェリュバンは、高等法院の弁護士で市助役もつとめた。7歳のとき、最愛の母アンリエットを失った。彼からみて父は凡庸な法曹界の ...
  • 【動画】川島永嗣フル出場!スタンダール・リエージュ×リールス[ベルギー ...
    2012年1月18日のベルギーカップ11-12/準々決勝第2戦、スタンダール・リエージュ×リールス戦のユーチューブ映像です。試合結果は、2 - 4(90分1 - 2/2戦合計3 - 3/延長戦1 - 2)でリールスが勝ちました。川島永嗣はフル出場しています。 《ベルギー・カップ》 ...
  • [動画] [ベルギーカップ準々決勝]スタンダール・リエージュ 2-4 リールセ ...
    Category : ベルギーリーグ [ 2012/01/20 ] Tags : ベルギーカップ, スタンダール・リエージュ, リールセ, 川島永嗣, ミロシュ・マリッチ, ウィリアム・ヴァンクール, ボバン・グルンチャロフ, スフィアン・ビダウイ, ジェイソン・アデサニャ, 日本人海外組, ...
  • スタンダール「赤と黒」読みました - やまびこ2000
    読み終わりました、「赤と黒」。 歴史を上手く取り入れ青年ジュリアンの心の動きを巧みに表現された長編。 時間掛かりました。 今年は何冊読めるかな。

スタンダールに関するニュース
  • 川島はフル出場 ベルギー1部(2月5日 10時03分)
    サッカーのベルギー1部リーグで、日本代表GK川島永嗣が所属するリールスは4日、ホームでスタンダールに0-2で敗れた。川島は開幕から24試合連続でフル出場した。
  • 「岡井隆論」自らに挑む…私小説的自伝「わが告白」(2月2日 10時43分)
    自身も「途中でやめちゃってる部分はたくさんある」ことを認めつつ、「(自伝や自伝的小説を残した)ルソーもスタンダールもゲーテもいかにももっともらしく書いていますが、裏側にはあの倍ぐらいのものがあって、それは書けなかったんだと思います。
  • 川島は24戦連続フル出場/ベルギー(2月7日 18時29分)
    日本代表GK川島永嗣が所属するリールスは、ホームでスタンダールに0-2で敗れた。川島は開幕から24試合連続でフル出場した。 セビリア指宿右足痛め…3週間の戦線離脱 http://t.co/CS2fJu6H2012年2月7日 23:33:49 【町田】アルディレス監督「将来はJ1 ...
  • やはり外見なのか・・・。(1月24日 16時51分)
    私には好きな人がいます。 好きな人には彼女がいます。(今1カ月くらい) 好きだなと思います。 でも、彼女がいるし新しく恋をしようと思っても やはり彼が一番素敵だと思ってしますんです。 私の中で彼は、今までで一番かっこいい人と思ってます ...
  • 文化・芸術通が多い外交官…能舞う粋人も(2月7日 9時04分)
    ちなみに同氏は日本演劇協会会員である。 特筆に値するのが、異才・小倉和夫元駐フランス大使(62年)だ。同氏は一昨年夏、スタンダールの「赤と黒」など仏文学の傑作に登場するフランス料理を再現した「名作から創るフランス料理」を刊行している。
  • 川島、開幕から24試合連続フル出場(2月5日 9時20分)
    ベルギー1部リーグリールセ0─2スタンダール(4日) 日本代表GK川島永嗣が所属するリールセは4日、ホームでスタンダールに敗れた。川島は開幕から24試合連続でフル出場した。
  • 川島が24試合連続フル出場…リールスは完封負けで3試合ぶりの黒星(2月5日 15時25分)
    ベルギーリーグ第24節が4日に行われ、日本代表GK川島永嗣が所属するリールスは、ホームでスタンダール・リエージュと対戦した。 川島は開幕から24試合連続フル出場を果たしたが、前後半に1失点ずつを許し、0-2の完封負け。リーグ戦3試合ぶりの黒星を喫した。
  • 川島フル出場、リールス敗れる ベルギー1部リーグ(2月5日 9時20分)
    【リール(ベルギー)=共同】サッカーのベルギー1部リーグで、日本代表GK川島永嗣が所属するリールスは4日、ホームでスタンダールに0―2で敗れた。川島は開幕から24試合連続でフル出場した。
  • リールス・川島はフル出場(2月5日 8時09分)
    【リール(ベルギー)共同】サッカーのベルギー1部リーグで、日本代表GK川島永嗣が所属するリールスは4日、ホームでスタンダールに0―2で敗れた。川島は開幕から24試合連続でフル出場した。 今季からJ2に昇格した町田が7日、鹿児島県 ...
  • 川島24試合連続フル出場、リールセは敗れる(2月5日 9時20分)
    サッカーのベルギー1部リーグで、日本代表GK川島永嗣が所属するリールセは4日、ホームでスタンダールに0―2で敗れた。川島は開幕から24試合連続でフル出場した。(共同)

Powered by Bing