ポーランド生まれのピアニスト。1887年ポーランドのウッジで生まれる。幼少よりピアノ演奏の才能を見せ、11歳でピアニストデビューを果たした。その後ピアニストとして活躍するものの、聴衆を熱狂させるスタイルを求め、自らの才能に頼り努力を怠った演奏が批評家からは批判を浴びた。
やがてホロヴィッツが完璧で豪快な演奏で注目を集めるようになると一念発起して1932年からピレネー山脈にこもってテクニックを磨いた。そして1937年のアメリカ演奏旅行では批評家からも絶賛を受けた。
その後1976年に引退するまで実に80年近くピアニストとして活躍し、20世紀最大の巨匠とも賞賛される。 同じポーランド生まれのショパンの演奏に特に定評がある。
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アルトゥール・ルービンシュタインルービンシュタイン |
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[アルトゥール・ルービンシュタイン 人物情報]
Wikipediaの人物情報
アルトゥール・ルービンシュタイン(Arthur Rubinstein, 1887年1月28日 - 1982年12月20日)は、ポーランド出身のピアニスト。
略歴
前半生はヨーロッパで、後半生はアメリカ合衆国で活躍した。フレデリック・ショパンの専門家として有名だが、ヨハネス・ブラームスやスペインのピアノ音楽も得意とした。20世紀の代表的なピアニストの1人である。
の街角にあるルービンシュタインの彫刻ウッチのユダヤ人の家庭に生まれる。ワルシャワで勉強し、ベルリンでカール・ハインリヒ・バルトに師事する。ヨーゼフ・ヨアヒムにブラームスのピアノ協奏曲第1番 (ブラームス)の演奏を聴いてもらい、その解釈を激賞される。1898年にベルリンでヨアヒム指揮の下、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『ピアノ協奏曲第23番 (モーツァルト)』を演奏しデビュー。1904年にパリに行き、フランス人作曲家のカミーユ・サン=サーンスやポール・デュカス、モーリス・ラヴェルらや、ヴァイオリニストのジャック・ティボーと面会する。アントン・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで優勝するが、ユダヤ人だったために審査員や聴衆から人種差別を受けたと後に語っている。
1906年にニューヨークのカーネギー・ホールで行なったリサイタルは聴衆に支持されたようだが、評論家から批判が相次いだため4年間、演奏活動を中止して自らの技巧・表現に磨きをかけた。その後、アメリカ合衆国やオーストリア、イタリア、ロシア、スペインで演奏旅行を行なった。特にスペインでは聴衆の圧倒的支持を受け、多数の追加公演を行った。1912年にはロンドンデビューを果たす。
第一次世界大戦中は主にロンドンに暮らし、ウジェーヌ・イザイの伴奏者を務めた。1916年から1917年まで、スペインや南アメリカを旅行し、同時代のスペインの作曲家に熱狂して多くの新作を初演する。1932年にしばらく演奏生活から隠退して、数年のあいだ演奏技巧やレパートリーの改善に取り組んだ。この年に指揮者エミル・ムリナルスキの娘アニエラと結婚し、4人の子供をもうけた。娘エヴァは神学者・聖職者・反戦運動家のウィリアム・スローン・コフィン師と結婚し、息子ジョン・ルービンスタインは俳優となった。第二次世界大戦中はアメリカ合衆国に暮らし、1946年に米国籍を取得。
1960年、ショパン国際ピアノコンクールの審査委員長を務めた。このときの優勝者がマウリツィオ・ポリーニであり、ルービンシュタインのコメント「我々の誰よりも上手い」により大変有名となった。1976年「飛蚊症」が原因による視力低下により引退。引退後、自伝「華麗なる旋律」を執筆。1982年、ジュネーヴで死去。
ルービンシュタインと室内楽
特にソリストとして有名ではあるものの、卓越した室内楽演奏家でもあり、ヘンリク・シェリングや、ピエール・フルニエ、グァリネリ四重奏団などと組んでヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、フランツ・シューベルト、ロベルト・シューマン、ヨハネス・ブラームス、アントニン・ドヴォルザークの作品を録音した。
ヤッシャ・ハイフェッツ及びエマーヌエル・フォイアーマン(のちにグレゴール・ピアティゴルスキー)とのピアノ・トリオは有名で、ラヴィニアの音楽祭で共演した際に、宣伝担当者が「百万ドルトリオ」と名づけた(ただし、ルービンシュタインはこの呼び名をひどく嫌っていた)。しかし、ハイフェッツとは作品の解釈や、どちらの名が先にレコードのジャケットに表記されるべきかをめぐって常に揉め、芸術的にも人間的にも対立点が多く、1950年を境に2度と共演はおこなわなかった。
「百万ドル・トリオ」の華麗な演奏マナーを反省し、シェリングやフルニエと組んで録音したブラームスのピアノ三重奏曲全集と同じ顔ぶれによるシューベルトのピアノ三重奏曲集で、1975年と1976年にグラミー賞を授与されている。そのほかにも2度グラミー賞に輝いている。
ルービンシュタインと現代音楽
20世紀前半当時の現代音楽を奨励した彼へ大作曲家が多数献呈しており、イーゴリ・ストラヴィンスキー《ペトルーシュカからの3楽章、ピアノ・ラグ・ミュージック》、エイトル・ヴィラ=ロボス《赤ちゃんの一族、野生の詩》、カルロス・チャベス《ルビンシュタインの為の練習曲》、カロル・シマノフスキ《ピアノソナタ第2番 (シマノフスキ)、マズルカ》、フェデリコ・モンポウ《歌と踊り第6番》、マヌエル・デ・ファリャ《アンダルシア幻想曲》、フランシス・プーランク《組曲》、アレクサンデル・タンスマン《ルービンシュタインに寄せるオマージュ》、といった具合にピアニズムの粋を追求した作品が書かれた。
「結婚前のルービンシュタインはミスタッチや度忘れもあって、めちゃくちゃだ!」とスヴャトスラフ・リヒテルが批判したが、その彼はほとんど現代音楽に関らずにいた。結局、後のリヒテルがシマノフスキの第二ソナタを譜めくりつきで演奏したのは、明らかにルービンシュタインを攻撃する為であったと伝えられる。しかし、リヒテルは自身の手帳に、晩年のルービンシュタインの自宅で楽しい時間を過ごしたことを書き留めている。また、ルービンシュタインも評論家ベルナール・ガヴォティに宛てた手紙の中で、「今日、私が最も尊敬するのはリヒテルです。物の考え方も姿勢も私とは全く異なりますが、我々全ての中で、最も偉大な音楽家であるという理由からです」と述べている。
戦後は読譜力の低下から現代音楽を手がけることはほとんどなく、専らロマン派以前のレパートリーに回帰したが、カーネギー・ホールで初めてシマノフスキを取り上げるなど、かつての作曲家との恩は忘れなかった。
ルービンシュタインと録音
- ルービンシュタインのレパートリーは古典派から現代音楽に及ぶ。当時ようやく広がってきたレコード録音にも興味があり、SP期から約50年近くにわたって数多い。中心はショパンでありマズルカやポロネーズ、夜想曲 (ショパン)など、録音技術の進歩に伴い複数回残している。
- アコースティック録音の時代には、「ピアノがバンジョーのように聴こえる」とのことから、録音についてはあまり興味が持てなかったようである。しかし、電気録音が考案されて後1928年に、HMVのアーティスティック・ディレクター、フレッド・ガイスバーグがルービンシュタインを説得してテスト録音を行い、そのプレイバックを聴いたルービンシュタインが音質に感激したことから、積極的に録音に取り組むようになったといわれる。
- 1929年にブラームスのピアノ協奏曲第2番 (ブラームス)を世界で初めて録音している。
- 非常に雄大ながら大味。技術的に高度な曲目をいかにも難しい曲のように演奏するので、若い時分には支持が少なかった。しかし後年の記録映画「カーネギー・ホール(1946年)」で英雄ポロネーズを披露している。一台のピアノから轟音(ごうおん)が響き渡り、前人未踏の高山に登るような演奏をしている。
- 同一曲の聞き比べにより、今では貴重になった「19世紀の大芸術家」の演奏様式を知ることができる。また協奏曲にもベルナルド・ハイティンクやアンドレ・プレヴィンらとの共演で、映像を残している。
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