Dazai, Osamu

太宰治

ダザイオサム
Dazai, Osamu
1909年06月19日~1948年06月13日
[日本] [作家]

[太宰治 人物情報]

日本の作家。本名、津島修治。1909年(明治42年)青森県北津軽郡金木村で県内屈指の大地主であった津島家に生まれる。11人兄弟の10番目の子どもであった。
東京帝国大学仏文科在学中、井伏鱒二に出会い、師亊する。
在学中に左翼運動に参加するが挫折。銀座の女性と鎌倉で心中をはかり、自分だけ助かる。1935年『逆行』が第1回芥川賞の次席となり、1936年『晩年』を刊行。 1939年1月井伏夫婦の媒酌で結婚。安定した生活を送り「富嶽百景」などを執筆した。
戦後、作風は一転して自虐的になる。坂口安吾らとともに「無頼派」と呼ばれ、『斜陽』などで人気を博して流行作家となった。 1948年6月13日に愛人の山崎富栄とともに玉川上水に入水自殺。死体が発見された6月19日は太宰の誕生日でもあり、毎年「桜桃忌」が開かれている。
太宰治の作品は、四度の自殺未遂やバビナール中毒による自虐的かつ道化的な精神で以って書かれた独特な作品である。
代表作は他に『人間失格』『走れメロス』など。

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太宰 治(だざい おさむ、1909年〈明治42年〉6月19日 - 1948年〈昭和23年〉6月13日)は、日本の小説家。1936年(昭和11年)に最初の作品集『晩年』を刊行した。1948年(昭和23年)に山崎富栄と共に玉川上水で入水自殺。主な作品に『走れメロス』『津軽 (小説)』『お伽草紙』『斜陽』『人間失格』。その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称された。

経歴

幼年時代

青森県北津軽郡金木村(→北津軽郡金木町→現・青森県五所川原市)に、県下有数の大地主である津島源右衛門(1871-1923)、タ子(たね)(1873-1942)の六男・津島修治として生まれた。両親にいる11人の子女のうちの10番目(ただし太宰が生まれた時点ですでに長兄・次兄は他界)。父・源右衛門は木造村の豪農松木家からの婿養子で県会議員、衆議院議員、多額納税による貴族院 (日本)等をつとめた地元の名士。津島家は「金木の殿様」とも呼ばれていた。父は仕事で多忙な日々を送り、母は病弱だったので、太宰自身は乳母らによって育てられた。

について、津島家最後の末裔である津島康一は、「どっからかもってきたんじゃないかな」となにやら意味ありげな“対馬姓”の刻名を信用していない口ぶりで「うちの系図はやばいんですよ」と恥ずかしそうに述べている(鎌田慧著『津軽・斜陽の家 〜太宰治を生んだ「地主貴族」の光芒』81頁)。

金木の生家は太宰治記念館 「斜陽館」として公開され、国の重要文化財に指定されている。

学生時代

1916年(大正5年)、金木第一尋常小学校に入学。1923年(大正12年)、青森県立青森中学校(現・青森県立青森高等学校)入学直前の3月、父が死去した。

17歳頃、習作「最後の太閤」を書き、また同人誌を発行。作家を志望するようになる。弘前高等学校 (旧制)文科甲類時代には泉鏡花や芥川龍之介の作品に傾倒すると共に、左翼運動に傾倒。

1929年(昭和4年)、当時流行のプロレタリア文学の影響で同人誌『細胞文芸』を発行すると辻島衆二・名義で作品を発表。 この頃は他に小菅銀吉または本名・津島修治・名義でも文章を書いていた。自らの階級に悩み12月にブロムワレリル尿素自殺を図る。

1930年(昭和5年)、弘前高等学校文科甲類を76名中46番の成績で卒業。フランス語を知らぬままフランス文学に憧れて東京帝国大学文学部仏文学科に入学。だが、高水準の講義内容が全く理解できなかったうえ、実家からの仕送りで有る意味豪奢な生活・デカダンスを送る一方、それに対する自己嫌悪・六男坊という太宰自身の立ち位置もあいまって、マルキシズムに傾倒してゆき、当時治安維持法にて取り締まられた共産主義活動に没頭(ただし、思想自体に本気でのめり込んでいたわけではない)、講義には殆ど出席しなかった。また、小説家になるために井伏鱒二に弟子入りする。この頃から本名・津島修治に変わって太宰治を名乗るようになる。大学は留年を繰り返した挙句に授業料未納で除籍される。卒業に際して口頭試問を受けたとき、教官の一人から「教員の名前が言えたら卒業させてやる」と言われたが、講義に出席していなかった太宰は教員の名前を一人も言えなかったと伝えられる。在学中に、カフェのウェイトレスで人妻である田部シメ子(1912-1930)と出会い、鎌倉・腰越の海にて入水自殺を図る。だがシメ子だけ死亡し太宰は生き残る。

小説家時代

芥川龍之介を敬愛しつつ1933年(昭和8年)、短編「列車」を『サンデー東奥』に発表。同人誌『海豹』に参加し、「魚服記」を発表。1935年(昭和10年)、「逆行」を『文藝』に発表。初めて同人誌以外の雑誌に発表したこの作品は、憧れの第1回芥川龍之介賞候補となったが落選(このとき受賞したのは石川達三『蒼氓』)。選考委員である川端康成から「作者、目下の生活に厭な雲あり」と私生活を評され、「小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか」と文芸雑誌上で反撃した。その後、都新聞に入社できず、またも自殺未遂。また、この年、佐藤春夫を知り師事する。佐藤も選考委員であり、第1回の選考時には太宰を高く評価していた。第2回を太宰は期待し佐藤も太鼓判を押したが、結果は「受賞該当者なし」となった。第3回では仇敵であった川端康成にまでも選考懇願の手紙を送っているが、過去に候補作となった作家は選考対象から外すという規定が設けられ候補にすらならなかった。1936年(昭和11年)、前年よりのパビナール中毒が進行し治療に専念するも、処女短編集『晩年』を刊行。翌1937年(昭和12年)、内縁の妻・小山初代(1912-1944)とカルモチン自殺未遂、一年間筆を絶つ。

1938年(昭和13年)、井伏鱒二の招きで山梨県御坂峠にある天下茶屋を訪れ3か月逗留。また、井伏の仲人で甲府市出身の津島美知子(1912-1997)と結婚した。甲府市御崎町(現・朝日)に住み、精神的にも安定し、「富嶽百景」「駆込み訴え」「走れメロス」などの優れた短編を発表した。戦時下も『津軽 (小説)』『お伽草紙』など創作活動を継続。1947年(昭和22年)、没落華族を描いた長編小説『斜陽』が評判を呼び、流行作家となる。

『自殺を図った。この事件は当時からさまざまな憶測を生み、富栄による無理となった。奇しくもこの作品の13話が絶筆になったのは、キリスト教のジンクスを暗示した太宰の最後の洒落だったとする説(檀一雄)もある。遺書には「小説を書くのが嫌になった」旨が記されていたが、自身の体調不良や一人息子がダウン症候群で知能に障害があったことを苦にしていたのが自殺理由のひとつだったとする説もある。既成文壇に対する宣戦布告とも言うべき連載評論「如是我聞」の最終回は死後に掲載された。杉並区堀ノ内 (杉並区)にて荼毘に付される。戒名は文綵院大猷治通居士。

2人の遺体は太宰の誕生日である6月19日に発見された。 この日は彼が死の直前に書いた短編「桜桃」にちなみ、太宰と同郷で生前交流のあった今官一により桜桃忌と名付けられた。墓のある東京都三鷹市の禅林寺 (三鷹市)には多くの愛好家が訪れる日となっている。

太宰治の出身地・青森県金木町でも桜桃忌の行事を行っていたが生誕地・金木には生誕を祝う祭の方がふさわしいとして、遺族の要望もあり、生誕90周年となる1999年(平成11年)から「太宰治生誕祭」に名称を改めた。

作家研究

4回の自殺未遂や小説のデカダン派的とも言える作風のためか、真に迫った作風を好む作家としてのみ捉える向きもあるが、戦中は『畜犬談』『お伽草紙』『新釈諸国噺』などユーモアの溢れる作品も残している。深刻な作品のみを挙げて太宰文学を否定した三島由紀夫は、大藪春彦から「それなら君は『お伽草紙』を否定できるか!」と詰め寄られて、一言も言い返せなかった。個人的に太宰と交際があった杉森久英も、永らく太宰文学を好きになれなかったが、戦後だいぶ経ってから『お伽草紙』や『新釈諸国噺』を読んで感嘆し、それまで太宰を一面的にしか捉えていなかった自分の不明を深く恥じたという。

長編・短編ともに優れていたが「満願」等のように僅か原稿用紙数枚で、見事に書き上げる小説家としても高く評価されている。「女生徒」「きりぎりす」をはじめとして、女性一人称の作品を多く執筆。「男性なのに、なぜ女性の気持ちがここまで判るのか」と女性作家や女性文芸評論家から賞讃を受けている(ただしこれは特定の女性の日記が基になっている作品だからであるとの指摘がある)。

また坂口安吾、織田作之助、石川淳と共に「無頼派」または「新戯作派」の一人に数えられる太宰は退廃的な作風を好んだと一般に言われている。 しかしながら太宰自身は退廃的な作品を書きながらも同世代の作家の中で最も「神を求めた人」であったとする研究・評論も多くある。

の心の葛藤が描かれている。太宰は、この作品を口述筆記で一気に仕上げた。

1948年(昭和23年)、太宰の死の直前から『太宰治全集』が八雲書店から刊行開始されるが、同社の倒産によって中断した。その後、創藝社から新しく『太宰治全集』が刊行される。だが書簡や習作なども完備した本格的な全集は1955年(昭和30年)に筑摩書房から刊行されたものが初めてである。

2009年(平成21年)、プランゲ文庫に所蔵された資料から連合国軍占領下の日本に発表した「人魚の海」「鉄面皮」「校長三代」「貨幣」「黄村先生言行録」「佳日」「不審庵」などは連合国軍総司令部の検閲によって削除が指示されていたことが明らかになった。

  • 1999年(平成11年)
    • 1月1日 - 太宰治の著作権が消滅。
  • 作品一覧

    • 晩年(1936年、砂子屋書房)
    「葉」「思ひ出」「魚服記」「列車」「地球図」「猿ヶ島」「雀こ」「道化の華」「猿面冠者」「逆行」「彼は昔の彼ならず」「ロマネスク」「玩具」「陰火」「めくら草紙」
    • 虚構の彷徨、ダス・ゲマイネ(1937年、新潮社)
    • 二十世紀旗手(1937年、版画荘)
    • 愛と美について(1939年、竹村書房)
    • 女生徒(1939年、砂子屋書房)
    • 皮膚と心(1940年、竹村書房)
    • 思ひ出(1940年、人文書院)
    • 走れメロス(1940年)
    • 女の決闘(河出書房)
    • 東京八景(1941年、実業之日本社)
    • 新ハムレット(1941年、文藝春秋新社)
    • 千代女(1941年、筑摩書房)
    • 駆込み訴へ(1941年、月曜荘)
    • 風の便り(1942年、利根書房)
    • 老ハイデルベルヒ(1942年、竹村書房)
    • 正義と微笑(1942年、錦城出版社)
    • 女性(1942年、博文館)
    • 富嶽百景(1943年、新潮社)
    • 右大臣実朝(1943年、錦城出版社)
    • 佳日(1944年、肇書房)
    • 津軽 (小説)(1944年、小山書房)
    • 新釈諸国噺(1945年、生活社)
    • 惜別(1945年、朝日新聞社)
    • お伽草紙(1945年、筑摩書房)
    • パンドラの匣 (小説)(1946年、河北新報社)
    • 薄明(1946年、新紀元社)
    • 冬の花火(1947年、中央公論社)
    • ヴィヨンの妻(1947年、筑摩書房)
    • 斜陽(1947年、新潮社)
    • 人間失格(1948年、筑摩書房)
    • 桜桃(1948年、実業之日本社)
      • 『太宰治全集』 ちくま文庫全10巻、1989年
      • 新版『太宰治全集』 筑摩書房全13巻、1999年

    家族・親族

    • 津島佑子 - 次女。小説家
    • 津島雄二 - 旧姓上野。衆議院議員。長女園子の夫で、園子の婿養子になる。
    • 太田治子 - 小説家。愛人太田静子との間の娘。
    • 津島文治 - 三兄。金木町長、青森県知事、衆議院議員、参議院議員を歴任。長男の津島康一は俳優。
    • 津島英治 - 四兄。金木町長。孫の津島恭一は衆議院議員。
    • 津島慶三 - 従姉りえの三男。生化学者。横浜市立大学医学部名誉教授。
    • 石原明 - 義弟(妻・美知子の弟)。ニューヨーク州立大学名誉教授。
    • 田沢吉郎 - 姪婿(文治の娘・陽の夫)。元衆議院議員、元防衛庁長官。

    系譜

    津島家
    津島家の家系については様々な説があり、明確ではない。
    初代惣助は豆腐を売り歩く行商だったという。
    津島家を県下有数の大地主に押し上げた三代目惣助は嘉瀬村の山中家出身で、もとの名を勇之助といった。天保6年(1835年)大百姓山中久五郎の次男として生まれ、安政6年(1859年)津島家の婿養子となった。山中家の先祖は、「能登国山中庄山中城主の一族」だったと伝えられている。慶応3年(1867年)二代目惣助が他界し、「家督を相続して三代目「惣助」を襲名した。油売りの行商と金貸しで財を蓄え新興の大地主となった。明治27年(1894年)北津軽郡会議員の大地主互選議員に当選、明治28年(1895年)北津軽郡所得税調査委員選挙に当選、明治30年(1897年)再び郡会の大地主議員となり県内多額納税者番付の12位に入って貴族院議員の互選資格を手に入れた。無名の金貸し惣助からちょっとした地方名士として名を成したのであった。家紋は「鶴の丸」である。
       後妻     ┣━惣五郎    ┃    ┃ ┏惣四郎━いし惣助━惣助 ┣清助            ┣━╋貞助    ┃ ┣次女   先妻 ┃      ┗きさ    (松木氏)   (山中氏)┃      源右衛門  ┏たま       惣助 (惣五郎)  ┣━━━╋総一郎        ┣………╋━━┳たね   ┣とし       さよ (いし) ┣きゑ   ┣勤三郎               ┗竹次郎  ┣文治━━康一                     ┣英治━━一雄━━恭一                     ┣圭治                     ┣あい     雄二(上野氏)                     ┣きよう       ┣淳                     ┣修治(太宰治)━┳園子                     ┗礼治   ┣里子(佑子)                           ┣正樹                           ┗太田治子                   
    松木家(父源右衛門の実家)
    木造の松木家は、金木の津島家や、三代目惣助が出た嘉瀬の山中家よりもはるかに格式の高い旧家である。江戸時代には苗字帯刀を許された郷士だった。
    『松木家由緒書』などによると、先祖は若狭国小浜市(現・福井県)の商人で、万治年間(1658-60年)に弘前市にやってきて、羽二重の商いをしていた。寛文年間(1661-72年)津軽藩の新田開発が始まると木造に移り住み、開墾の功を認められ大庄屋、郷士になった。明治に入って、八代目七右衛門の時代に、薬種問屋(屋号松樹堂)に転業するまで、代々造り酒屋を営んでいた。

    七右衛門 ┏幹三郎 ┣━━━╋省三郎ひさ   ┣忠三郎     ┣永三郎(後の津島源右衛門)━━━━━━━修治(太宰治)       ┣もと     ┣友三郎(源右衛門の妻たねの妹きゑと結婚)     ┣禄郎     ┣いま     ┗たま

    関連人物

    あ行

    • 浅見淵 - 太宰の先輩作家。砂子屋書房から処女創作集『晩年』を刊行するにあたっては、浅見と檀一雄の尽力が大きかった。
    • 阿部合成 - 画家。太宰の中学の同級生で親友。芦野公園にある太宰文学碑のデザインをした。
    • 池田正憲 - 太宰の弟子。作家。
    • 石川淳 - 戦後、太宰、坂口安吾、織田作之助と共にいわゆる無頼派の騎手とされた文学者。太宰とは昭和14年頃以来4度ほど酒席を共にした。太宰の死に際し「太宰治昇天」と題した文章を発表(『新潮』第45巻第7号、1948年7月)。
    • 石沢深美 - 太宰の弟子。NHK勤務。兄嫁の弟は堤重久。
    • 石上玄一郎 - 本名上田重彦。旧制弘前高校時代の太宰の友人で、左翼運動の同志。石上は運動にのめりこんで放校になり、塗炭の苦しみを嘗めたが、太宰は実家の威勢などを背景に放校を免れた。のち東京に出て貧乏に苦しんでいたとき太宰に借金を踏み倒され、そのことを自伝の中で怨念をこめて語っている。
    • 出英利 - 太宰の年少の友人。哲学者出隆の次男。林聖子の夫。人柄を太宰に愛されていた。のち鉄道自殺。
    • 井伏鱒二 - 太宰の師。太宰自身の言によれば、太宰がまだ青森の中学生だったころ、井伏の「幽閉」(「山椒魚」の原形)を読んでその天才に興奮した。大学上京後から師事し、結婚の仲人も井伏に務めてもらった。戦後になって、太宰は井伏に複雑な感情を抱いていたようであり、遺書に「井伏さんは悪人です」と書き残していたことは話題になった。両者の確執にはさまざまな説があるが、詳しくは分かっていない。
    • 伊馬春部 - 別名伊馬鵜平。太宰の親友で、ユーモア作家として「畜犬談」を捧げられた。折口信夫に太宰作品を勧めたのも伊馬である。入水前に伊藤左千夫の「池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨降りしきる」という短歌を録した色紙を伊馬宛てに残した。太宰嫌いで有名な三島由紀夫は目黒時代伊馬家の隣家に住んでおり、強盗に押し入られて逃げ出したとき伊馬家に保護を求めたことがある。『桜桃の記』執筆。
    • 大高正博 - 太宰の弟子。
    • 大西巨人 - 作家。『文化展望』編集者として原稿依頼し、「十五年間」を創刊号に掲載。この経緯は短篇集『二十一世紀前夜祭』収録の「太宰治作『十五年間』のこと」や「昨日は今日の物語り」。
    • 棟方志功 - 太宰の同郷人。美術に対して鋭い感覚を持っていた太宰は、早くも旧制中学のころ、無名時代の棟方の作品を高く評価してこれを購入し、下宿先の主人に寄贈したことがある(「青森」)。太宰が作家になってからは、同郷人の寄り合いで同席した太宰の挨拶が小さいので「もう、いっぺん!」と要求し、太宰から怒鳴られたことがある(「善蔵を思う」)。
    • 森鴎外 - 太宰は、「たち依(よ)らば大樹の陰、たとえば鴎外、森林太郎」という文を書いた。また本人の墓石は、希望したとおり、三鷹市禅林寺 (三鷹市)にある森鴎外の墓石と向き合う所(正確には斜め向かい)に立てられている。ちなみに、刻まれた「太宰治」の文字は、井伏鱒二の筆による。

    や行

    • 保田與重郎 - 太宰の友人。『日本浪漫派』同人。
    • 山岸外史 - 評論家。太宰の親友。1934年(昭和9年)に太宰と知り合い、『青い花』や日本浪漫派の同人として交友を深めた。自身も『人間キリスト記』などの著作により太宰の文学に影響を与えたが、戦後絶交状を送るなどして次第に疎遠となった。しかし太宰入水に際して遺体捜索には加わり、美知子夫人から「ヤマギシさんが東京にいたら、太宰は死ななかったものを」と落涙されたことなど、その複雑な交友の実態を回想録『人間太宰治』(1962年(昭和37年))、『太宰治おぼえがき』(1963年(昭和38年))のなかで明らかにしている。
    • 山口健二 - アナーキスト。戦時中に太宰と面会し親炙。
    • 吉本隆明 - 評論家。学生時代に「春の枯葉」の上演許可を得るため太宰の元を訪れ言葉を交す。後に太宰治論執筆。

    太宰治(に相当する人物)を演じた俳優

    • 石坂浩二 - ドラマ『冬の花火 〜わたしの太宰治〜』(1979年)
    • 萩原健一 - 映画『もどり川』(1983年 監督:神代辰巳)
    • 峰岸徹 - 映画『武蔵野心中』(1983年)
    • 田村亮 (俳優) - ドラマ『ニュードキュメンタリードラマ"昭和" 松本清張事件にせまる』第4回「人間失格 太宰治」(1984年)
    • 岡田裕介 - 映画『火宅の人 旅の終わりに』(1986年 監督:深作欣二)
    • 風間杜夫 - 舞台『人間合格』(1989年)
    • 渡辺いっけい - 舞台『人間合格』(1989年)
    • 役所広司 - ドラマ『グッド・バイ 私が殺した太宰治』(1992年)
    • 唐沢寿明 - 舞台『温水夫妻』(1999年)
    • 河村隆一 - 映画『ピカレスク 人間失格』(2002年)
    • 細川智三 - テレビ番組『太宰治 連続心中の謎!! その真相に猪瀬直樹がせまる』(2002年)
    • 大高洋夫 - 舞台『人間合格』(2003年)
    • 豊川悦司 - ドラマ『太宰治物語』(2005年)
    • 西島秀俊 - 連続テレビ小説『純情きらり』(2006年)
    • 塚本高史 - 映画『富嶽百景 〜遥かなる場所〜』(2006年)
    • ウエンツ瑛士 - テレビ番組『あらすじで楽しむ世界名作劇場』(2007年)
    • 岡本健一 - 舞台『人間合格』(2008年)
    • 南原健朗 - 映画『夢のまにまに』(2008年)
    • 浅野忠信 - 映画『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』(2009年)
    • 櫻井翔 - 朗読劇『太宰治生誕百周年記念企画「ART OF WORDS~櫻井翔の『人間失格』』(2009年)
    • 渡部豪太 - テレビ番組『小悪魔ドクショ 文学で恋をつかまえる方法』(2010年)
    • 向井理 - テレビ番組『BUNGO日本文学シネマ — 黃金風景』 (2010年)
    • 生田斗真 - 映画『人間失格』(2010年)

    参考文献

    太宰の伝記

    • 杉森久英著 『苦悩の旗手 太宰治』 文藝春秋 1967年
    • 杉森久英著 『苦悩の旗手 太宰治』(角川文庫) 角川書店 1972年
    • 杉森久英著 『苦悩の旗手 太宰治』(河出文庫) 河出書房新社 1983年 ISBN 4-309-40053-1
    • 檀一雄著 『小説太宰治』 審美社 1992年 ISBN 4-7883-3065-2
    • 檀一雄著 『小説太宰治』(岩波現代文庫 文芸 12) 岩波書店 2000年 ISBN 4-00-602012-0
    • 野原一夫著 『回想太宰治』 新潮社 1980年 ISBN 4-10-335301-5
    • 野原一夫著 『回想太宰治』(新潮文庫 草 303-1A) 新潮社 1983年 ISBN 4-10-130301-0
    • 野原一夫著 『回想太宰治 新装版』 新潮社 1998年 ISBN 4-10-335308-2
    • 野原一夫著 『太宰治 生涯と文学』ちくま文庫 1998年
    • 石上玄一郎著 『太宰治と私 激浪の青春』集英社文庫 1990年
    • 矢代静一著 『含羞の人 私の太宰治』 河出文庫 1998年
    • 相馬正一著 『評伝太宰治』全3冊 筑摩書房 1982-85年
    • 山岸外史著 『人間太宰治』 (ちくま文庫) 筑摩書房 1989年 ISBN 4-480-02337-2
    • 猪瀬直樹著 『ピカレスク ~太宰治伝』 小学館 2000年 ISBN 4-09-394166-1 (監督:伊藤秀裕 太宰:河村隆一で映画化)
    • 長部日出雄著 『辻音楽師の唄 もう一つの太宰治伝』文春文庫 2003年
    • 長部日出雄著 『桜桃とキリスト もう一つの太宰治伝』 文春文庫 2005年
    • 津島美知子著 『回想の太宰治』 講談社文芸文庫 2008年
    • 朗読CD 太宰治作品集~CD15枚組~ (日本音声保存)2006年 ISBN 4-901708-93-7

    その他

    • 井伏鱒二 『太宰治』 筑摩書房 1989年
    • 奥野健男著 『太宰治論』 近代生活社 1987年、文春文庫 1998年
    • 日本近代文学館編 『図説太宰治』ちくま学芸文庫 2000年
    • 山崎富栄著 『太宰治との愛と死のノート 雨の玉川心中とその真実』
    長篠康一郎編、女性文庫・学陽書房 1995年
    • 鎌田慧著 『津軽・斜陽の家 ~太宰治を生んだ「地主貴族」の光芒』 祥伝社 2000年 ISBN 4-396-63172-3
    • 鎌田慧著 『津軽・斜陽の家 ~太宰治を生んだ「地主貴族」の光芒』(講談社文庫) 講談社 2003年 ISBN 4-06-273767-1
    • 『文豪ナビ太宰治』 新潮文庫 2004年
    • 吉田和明著 『太宰治』(フォー・ビギナーズ・シリーズ 45) 現代書館 1987年 ISBN 4-7684-0045-0
    • 小野才八郎著 『太宰治語録』 津軽書房 1998年 ISBN 4-8066-0169-1
    • 山口智司著 『生まれてすみません 太宰治 一五〇の言葉』 PHP研究所 2009年 ISBN 978-4-56970-541-5

    脚注

    関連項目

    • 文学/日本文学/日本の近現代文学史
    • 私小説
    • 無頼派
    • 青森県出身の人物一覧
    • デカダンス
    • マイナス思考
    • ピカレスク 人間失格
    • 火の山―山猿記
    以下3作は、太宰をモデルとした人物が登場する。
    • 純情きらり
    • さよなら絶望先生
    • 今宵、月が見えずとも

    外部リンク


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    • ナベアツらと共に映画のヒット祈願に臨んだケンコバが「ナオンを1 ...(2月1日 16時13分)
      作家を志す青年が小説執筆のために泊まったホテルに、夏目漱石をはじめ、太宰治、宮沢賢治など日本を代表する文豪たちが幽霊となって登場するコメディ『ゴーストライターホテル』。この映画のヒット祈願イベントが1月31日に湯島天神で行われた。
    • 東野圭吾さんの本でおすすめは?(1月22日 10時20分)
      また、最近、なにか読んでみたいと思いました。 最近の本でおすすめがあったら教えてください。 ちなみに、昔の本で好きなのは、容疑者Xの献身や 白夜行、幻夜などです。 は読みました。 ガリレオシリーズは、容疑者Xの献身以外はあまり好きでは ...
    • 西島秀俊&森山未來が語る映画『セイジ』の“化学反応”(2月1日 17時39分)
      太宰治賞に輝く辻内智貫の小説を伊勢谷友介が映画化した『セイジ -陸の魚-』。伊勢谷、主演の西島秀俊、森山未來という映画愛に満ちた3人が個性を競い、「マイウェイで疾走した結果、危ういバランスの作品に仕上がった(森山)」という渾身作。

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