日本の絵師。1733年6月12日(享保18年5月1日)現在の京都府亀山市に農家の子として生まれる。京に出て狩野派の流れを汲む石田幽汀に画を師事し、眼鏡絵を描いて西洋画の透視図法を習得した。
30代前半頃から「応挙」を名乗り始め、円満院主、祐常法親王の知遇を得た。中国の書画にふれて写実技法を学び、写生を重視した描写と筆格端正で格調ある画風を築いて人気を得、天下の名人と称された。また、多くの門下生を育て「円山派」を生むに至った。
代表作「雪松図屏風」「七難七福図巻」「孔雀牡丹図」「雲龍図屏風」など。
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円山応挙 |
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[円山応挙 人物情報]
Wikipediaの人物情報
)円山 応挙(まるやま おうきょ、旧字表記では圓山應擧、享保18年5月1日 (旧暦)(1733年6月12日)- 寛政7年7月17日 (旧暦)(1795年8月31日))は、江戸時代中期の絵師。
近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、写生を重視した親しみやすい画風が特色である。
諸説あるが「足のない幽霊」を描き始めた画家とも言われている。
経歴
本姓は藤原氏、後に源氏、姓は円山、名は岩次郎、後に主水。夏雲、雪汀、一嘯、仙嶺、僊斎、星聚館、鴨水漁史、攘雲、洛陽仙人と号す。石田幽汀の門人。享保18年(1733年)、丹波国桑田郡穴太(あのお)村(現・京都府亀岡市)に農家の次男として生まれた。穴太は、西国三十三箇所の札所寺院である穴太寺があることで知られる。少年時代のことはあまり詳しくわかっていないが、遅くとも10代の後半には京へ出て、狩野探幽の流れを引く鶴沢派の画家、石田幽汀の門に入っている。
20代の修行期の頃にはいわゆる「眼鏡絵」の制作に携わっていたことが知られる。この頃、京都四条通柳馬場の尾張屋中島勘兵衛という玩具商に勤めていた。そこでオランダ渡来の眼鏡絵を見て、宝暦9年(1759年)頃、「四条河原遊涼図」、「石山寺図」、「賀茂競馬図」、「円山座敷図」、「三十三間堂図」など京都風景の眼鏡絵を制作した。眼鏡絵とは、風景などを西洋画の遠近法を応用して描き、これを「覗き眼鏡」という凸レンズを嵌めた箱を通して見ると立体的に見えるというものである。応挙が見た眼鏡絵は、45度傾けた鏡に映した絵をレンズを通して眺める。そうすると、遠近が深く感じることが出来る。よって、この原画及び図上の文字は左右反対に描いてあった。作品は木版墨摺りで、手で着色したものであった。画面には小さな孔を開け、薄紙を張って裏から光を当てるという工夫が見られた。
明和3年(1766年)から「応挙」を名乗り始める。「応挙」の意は「銭舜挙(中国南宋末 - 元 (王朝)初の画家)に応ずる」ということであり、中国の大家に劣らぬ水準の絵を描こうとする意が込められていると思われる。またこの頃から園城寺円満院の祐常門主の知己を得る。祐常は公家の二条家から門跡寺院に入って僧となった人物で、『萬誌』(ばんし)という日常雑事を記録した書物を残しているが、その中に応挙の言動が詳細に書き留められており、同時代の貴重な記録となっている。
この祐常や豪商三井家が応挙の主要なパトロンであった。代表作の《七難七福図》、《孔雀牡丹図》などは第二次大戦後まで三井寺円満院に伝来したものであり、《雪松図》は三井家に伝来したものである。また、兵庫・大乗寺、郷里穴太の金剛寺の障壁画群も代表作に数えられる。応挙最晩年の作品に属する《見立江口の君図》や《四季遊戯図巻》などは、純然たる意味での肉筆浮世絵とは言えないまでも、浮世絵的雰囲気を持つ作品として、また上方風俗図として挙げることが出来る。享年63。墓所は京都市右京区太秦の悟真寺。法名は円誉無之一居士。円山派は長男の円山応瑞が継いだが、後述の弟子たちの方が有名である。
大本教祖の出口王仁三郎は応挙の家系から出ている。
画風
応挙の画風上の特色として第一に挙げるべきことは、近世の日本の画家のなかでも際立って「写生」を重視したことである。前述の祐常著『萬誌』によれば、応挙は常に懐中に写生帖を忍ばせ、暇さえあればスケッチに余念がなかったようである。現存する『花鳥写生図巻』(個人蔵、重要文化財)や東京国立博物館蔵の《写生帖》などには動物、昆虫、植物などがさまざまな角度から客観的に描写されている。応挙画は、こうした写生の技術を基礎としつつも、日本絵画の伝統的な画題を扱い、装飾性豊かな画面を創造しているところが特色である。一例として根津美術館蔵の《藤花図》屏風を見ると、藤の幹や枝は輪郭線を用いず、付立ての技法で大胆に描き出す一方で、藤の花房は写実的かつ繊細に描かれ、全体としては琳派を思わせるような装飾性豊かな大画面をつくり出すことに成功している。卓越した画技と平明で親しみやすい画風から、応挙画は三井家をはじめとする富裕な町人層に好まれた。
著名な弟子には呉春や長沢蘆雪、森徹山、源琦などがいる。応挙を祖とするこの一派は「円山四条派」と称され、現代にまでその系譜を引く京都画壇の源流となっている。
応門十哲
応挙の門人のうち、最も優れた10人をいう。- 駒井源琦
- 長沢蘆雪
- 山跡鶴嶺
- 森徹山
- 吉村孝敬
- 山口素絢
- 奥文鳴
- 月僊
- 西村楠亭
- 渡辺南岳
代表作
- 雪松図屏風 (年紀を欠く) 三井記念美術館蔵(国宝)
- 七難七福図巻 明和5年(1768年)相国寺承天閣美術館(重文)滋賀・円満院旧蔵
- 孔雀牡丹図 明和8年(1771年)相国寺承天閣美術館 (重文)滋賀・円満院旧蔵
- 写生図鑑 明和7年(1770年)~安永元年(1772年)千總コレクション(重文)
- 雲龍図屏風 安永2年(1773年) 岐阜・法人蔵(重文)東寺観智院伝来
- 藤花図屏風 安永5年(1776年) 根津美術館蔵(重文)
- 雨竹風竹図屏風 安永5年(1776年) 京都・円光院蔵(重文)
- 大乗寺 (香美町)(165面) 天明7年(1787年)および寛政7年(1795年) 兵庫・大乗寺 (香美町)蔵(重文)
- 金剛寺障壁画 天明8年(1788年) 京都・金剛寺蔵(重文)東京国立博物館に寄託中。
- 金刀比羅宮障壁画 天明7年(1787年)および寛政6年(1794) 金刀比羅宮蔵(重文)三井家の注文で描いたもの。床(とこ)貼付絵の『瀑布図』が有名
- 保津川図屏風 寛政7年(1795年) 千總コレクション(重文)
- 群獣図屏風 三の丸尚蔵館蔵
- 木賊兎図 絹本着色 静岡県立美術館所蔵
- 見立江口の君図 寛政6年(1794年) 絹本着色 静嘉堂文庫所蔵
- 四季遊戯図巻 絹本着色 2巻 徳川黎明会所蔵
- 梅の枝を持つ立美人図 絹本着色 城西大学水田美術館所蔵
関連文献
- 佐々木丞平、佐々木正子『円山應拳研究 研究篇・図録篇』(中央公論美術出版 1996年) 研究の集大成の大著
- 同編著『大乗寺至宝 円山応挙とその一門』(国書刊行会 2003年) 図録が中心
- 佐々木丞平解説『応挙 水墨画の巨匠第10巻』(講談社 1995年)
関連項目
- 串本応挙芦雪館 - 和歌山県最南部にある
- 大乗寺 (香美町) - 兵庫県北部にある
- 金剛寺 (亀岡市)
- 呉春 - 四条派の始祖
- 円山応瑞 - 長男
- 肉筆浮世絵
- 浮世絵
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