イギリスの作家。1857年ポーランドの(現ウクライナ)のベルジーチェフで小地主階級の子として生まれる。激動の渦中にあったポーランドで母、父を幼くして失った。16歳で商船の船員となり、世界各地を航海した。1884年イギリスに帰化。翌年処女作を発表し、以後自らの経験を生かした海洋文学を中心に作品を発表した。
代表作は、『闇の奥』『ロード・ジム』『ナーシサス号の黒人』『文化果つるところ』など。『闇の奥』は1979年F.F.コッポラによって「地獄の黙示録」として映画化されている。
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ジョゼフ・コンラッド |
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[ジョゼフ・コンラッド 人物情報]
Wikipediaの人物情報
にあるジョゼフ・コンラッドの姿が描かれた記念碑File:POL COA Nałęcz.svg、ワルシャワの目抜き通りである新世界通りの47番。コンラッドは1861年、3歳のとき両親とともにここに住んでいた。この建物はもとフレデリック・ショパンの妹イザベラ・ショパンが夫フェリックス・バルチンスキと共に所有していたもので、コンラッドが越してくる17年前の1844年にはショパンの父親ミコワイ・ショパンがここで他界している。バルチンスキ家は1850年にこの物件を売却。のヴィラ・コンスタンティヌフスカ。1914年にコンラッドはここに滞在ジョゼフ・コンラッド(Joseph Conrad, 1857年12月3日 - 1924年8月3日)はイギリスの小説家。ジョウゼフ・コンラッドとも表記される。海洋文学で知られ、作品には『闇の奥』、『ロード・ジム』、『ナーシサス号の黒人』、『文化果つるところ』、『密偵』などがある。
生涯
本名テオドル・ユゼフ・コンラト・コジェニョフスキ(Teodor Józef Konrad Korzeniowski)としてベルディチュフ(当時ポーランド、現ウクライナの一部、ウクライナ語ベルディチフ)に生まれる。父親は没落したシュラフタ(ポーランド貴族)の小地主で、ロシア占領下のポーランドにおいて独立運動を指導していたが摘発。捕らえられシベリアでの強制労働に処され、このときコンラッドは5歳だった。一家は北ロシアに移動し、その直後に流刑の地にて、コンラッドの母親は結核で死亡した。やがてポーランドへの帰国が許されたにも関わらず、4年後には父親も死亡し、コンラッドは叔父に引き取られた。父親は文学研究者でもあり、幼少期のコンラッドは父親所有の本を耽読していた。海洋文学に出会い感化されたのも父親の影響だった。
16歳の年、コンラッドは船乗りになることを目指しポーランドを脱出。フランス商船の船員となった。船はマルセイユ港を起った。回顧録によれば、この船員時代、コンラッドの乗る船は武器密輸や国家間の政治的陰謀にも関わっていた。コンラッドが自殺未遂をしたのもこの時期となる。1878年以降、コンラッドは英国船に移り勤務した。以降、英語を学びつつ、世界各地を航海した。この時に得た見聞が、後のコンラッドの小説に大きな影響を及ぼした。1884年、コンラッドはイギリスに帰化した。
1895年、処女小説『オールメイヤーの愚行(Almayer's Folly)』を発表。マレーシアを舞台とした物語で、英語によって書かれた。幼少期から青年期に至るまで、ロシア語、ポーランド語、フランス語を使用し、最後に学んだ英語によって小説を書き上げたことは特筆に値する。この小説は好評を持って当時の社会に受け入れられた。これにより、同時代の他の文学者たちとの交流も始まっていった。
1899年、小説『闇の奥(Heart Of Darkness)』を発表。西洋文化の暗い側面を描写したこの小説は、英国船時代にコンゴ川で得た経験を元に書かれたもので、T・S・エリオット『荒地』、ユージン・オニール『皇帝ジョーンズ』、F・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』、ジョージ・オーウェル『1984年 (小説)』などにも影響を及ぼした。またこの小説は、オーソン・ウェルズが映画化の構想を持ったが実現せず、1979年に映画監督フランシス・フォード・コッポラによって翻案され『地獄の黙示録』として映画化された。1900年、小説『ロード・ジム(Lord Jim)』を発表。この小説は、コンラッドの代表作の一つとされる。1925年(米、監督ヴィクター・フレミング)と1965年(米、監督リチャード・ブルックス)に映画化されている。
コンラッドの文学作品は、チャールズ・ディケンズやフョードル・ドストエフスキーに代表される古典的小説とモダニズム小説との中間的存在として位置づけられる。ただしコンラッド本人は、イワン・ツルゲーネフを除き、ロシア文学に対してあまり良い印象を持っていなかった。
1924年、コンラッドは心臓発作でこの世を去った。遺体は本名のユゼフ・コジェニョフスキの名前でカンタベリーの墓地に埋葬された。
主な著作
長篇(一部)
- (1895年)
- 『オルメイヤーの阿房宮』 田中勝彦訳、八月舎、2003年
- (1896年)
- 『文化果つるところ』 蕗沢忠枝訳、角川文庫上下、1963年 同復刊、1989年
- (1897年)
- 『ナーシサス号の黒人』 上田勤訳、筑摩書房〈筑摩世界文学大系50〉、1975年
- (1899年)
- 『闇の奥』 中野好夫訳、岩波文庫 初版1958年 のち改版/藤永茂訳、三交社、2006年/黒原敏行訳、光文社古典新訳文庫 2009年
- (1900年)、『ロード・ジム』 鈴木建三訳、講談社文芸文庫上下、 2000年/柴田元幸訳、世界文学全集第3集:河出書房新社 、2011年3月)
- (1902年)、『颱風』 三宅幾三郎訳、岩波書店、1937年、新潮文庫、1951年
- (1904年)、『ノストローモ』 鈴木建三訳、筑摩書房.同上、1975年
- (1907年)
- 『密偵』 土岐恒二訳、岩波文庫、1990年
- 『密偵』 井内雄四郎訳、エトランジェの文学.河出書房新社、1974年
- (1911年)
- 『西欧人の眼に』 中島賢二訳、岩波文庫上下、1998年
- 『西欧の眼の下に、青春』 篠田一士訳、土岐恒二訳・解説 集英社〈世界文学全集61〉、1981年
- (1913年)
- (1915年)
- 『勝利』 大沢衛・田辺宗一訳、中央公論社〈新集.世界の文学24〉、1971年。
- (1917年)、
- 『陰影線』 朱牟田夏雄訳、中央公論社:同上
- 『シャドウ・ライン、秘密の共有者』 田中勝彦訳、八月舎、2005年、後者は短編
短篇
- The secret sharer、(1910年) 『秘密をともにする者』、小池滋訳、中央公論社〈世界の文学53 「イギリス・アメリカ名作集」〉所収、1966年
- 『コンラッド中短篇小説集』 篠田一士編 全3巻、人文書院、1983年
- 「潟 土岐恒二訳.進歩の前哨基地 田中昌太郎訳.闇の奥 中野好夫訳.エイミー・フォスター 虎岩正純訳」
- 「青春 土岐恒二訳.颱風 沼沢洽治訳.ガスパール・ルイス 鈴木建三訳」
- 「内通者 神山栄真訳.伯爵 中野好夫訳.秘密の共有者 小池滋訳.プリンス・ローマン 鈴木建三訳.ドルがあったばかりに・武人の魂 野崎孝訳」
- 『コンラッド短篇集』 中島賢二編訳、岩波文庫、2005年
- 「エイミー・フォスター」「ガスパール・ルイス」「無政府主義者」「密告者」「伯爵」「武人の魂」を収録。
- 『コンラッド短篇集』 井上義夫編訳、ちくま文庫、2010年
- 「文明の前哨地点」「秘密の同居人」「密告者」「プリンス・ローマン」「ある船の話」を収録。
- 『コンラッド海洋小説傑作集』 奥村透訳、あぽろん社、1980年
- 「カレインーひとつの想い出・フォークーある回想・秘密の共有者」
- 『青春・無政府主義者・密告者・ドルゆえに』 鏡味国彦・仁木勝治訳、文化書房博文社、1976年
- 『万策尽きて・帰宅』 社本雅信訳・解説と鑑賞、リーベル出版、2006年
- 『七つ島のフレイアさん』 瀬藤芳房訳、旺史社、2000年
- 『諜報員・無政府主義者・伯爵・ドルゆえに・武人の魂』 白井俊隆・間杉貞訳、 英米名作ライブラリー:英宝社、1968年
エッセイ
- The Mirror of the Sea(1906年) 日本語訳『海の鏡』 木宮直仁訳、人文書院、1991年/新版『海の想い出』 平凡社ライブラリー、1995年
- (1912年) 日本語訳『コンラッド自伝 個人的記録』 木宮直仁訳、鳥影社、1994年
- Notes on Life and Letters(1921年)
- (1926年)
参考文献
- クリス・フレッチャー 外狩章夫訳 『ジョウゼフ・コンラッド 図説』〈シリーズ作家の生涯〉ミュージアム図書、2002年
- 『20世紀英米文学案内3 コンラッド』 研究社 1971年
- 『「闇の奥」の奥-コンラッド・植民地主義・アフリカの重荷』 藤永茂著 三交社 2006年
- 『ジョウゼフ・コンラッド書簡選集 生身の人間像を求めて』 外狩章夫編訳、北星堂書店 2000年
映像化作品
- 『』(1925年)Lord Jimの映画化。ヴィクター・フレミング監督
- 『』(1936年)The Secret Agentの映画化。アルフレッド・ヒッチコック監督
- 『』(1965年)Lord Jimの映画化。リチャード・ブルックス監督
- 『デュエリスト/決闘者』(1977年)The Duel(アメリカで出版されたときの題名はPoint of Honor)の映画化。リドリー・スコット監督の出世作として知られる。
- 『地獄の黙示録』(1979年)Heart of Darknessの映画化。フランシス・コッポラ監督
- 『』(1936年)The Secret Agentの映画化。クリストファー・ハンプトン監督
- 『輝きの海』(1997年)Amy Fosterの映画化。ビーバン・キドロン監督
- 『ガブリエル』(2005年)パトリス・シェロー監督 Retourの映画化。
脚注
外部リンク
- ジョウゼフ・コンラッド(日本語)
- The Complete works are available from eBooks@Adelaide
- Penn State's Electronic Classics Series has 26 Works of Joseph Conrad available for free Joseph Conrad at Penn State's Electronic Classics
- Joseph Conrad at kirjasto.sci.fi
- Heart of Darkness text at American Literature
- Chinua Achebe: The Lecture Heard Around The World
- Collected Letters, vol. 6 (1917-1919) - PDF
- The Collected Stories of Joseph Conrad 有名な巨匠の作品を食わず嫌いじゃもったいない(宮脇孝雄)
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