イタリアの作曲家。1710年イエージに生まれる。
ナポリ音楽院で学び、卒業作品の音楽劇「グリエルモ・ダキタニアの改心」で高い評価を得た。1732年オペラブッファ「恋に陥った兄と妹」で大成功を収める。翌年オペラ「誇り高き囚人」のインテルメッツォ(幕間劇)「奥様女中」が成功を収めてフランスにまで名声が及んだ。この作品はイタリア音楽とフランス音楽の優劣を巡る「ブフォン論争」のきっかけとなった。
1734年ナポリ楽長となるが、1736年に26歳で死去した。
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ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージペルゴレージ |
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[ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ 人物情報]
Wikipediaの人物情報
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi, 1710年1月4日 - 1736年3月17日)は、イタリアのナポリ楽派オペラ作曲家。ペルゴレーシとも呼ばれる。モーツァルトやロッシーニらに続くオペラ・ブッファの基礎を築き、甘美な旋律にあふれたオペラを作曲した。短い生涯であったのにも拘らず、古典派音楽の様式を最も早く示した人物として音楽史に名を遺している。
生涯
マルケ州の町イェージに生まれ、幼い頃から音楽の才能を現し、ナポリの音楽院に入学する。1731年に卒業し、卒業作品として音楽劇『グリエルモ・ダキタニアの改心』を作曲。同年、初のオペラ『サルスティア』を初演するも不評に終わった。
1732年、オペラ・ブッファ『妹に恋した兄』を初演し最初の成功を収めた。1733年8月28日、サン・バルトロメオ劇場でオペラ『誇り高き囚人』を初演。失敗に終わったにもかかわらず、この作品の幕間劇として作曲された『奥様女中 La Serva Padrona』が歴史的な大成功を収め、オペラの歴史に大きな変革をもたらした。1734年にはナポリ楽長に就任。
1735年、オペラ『オリンピアーデ』をローマで初演するが失敗しナポリへ戻る。この頃から結核のため体調が悪化し、宗教音楽の作曲に取り組むようになり、、1736年にはナポリ近郊ポッツオーリの聖フランチェスコ修道院に療養に移る。ナポリ在住貴族の集まり「悲しみの聖母騎士団Cavalieri della Virgine dei Dolori」から委嘱された『スターバト・マーテル Stabat Mater』(悲しみの聖母)を余力を振り絞って書き上げ、まもなく息を引き取った。26歳の若さであった。
作品
歌劇(オペラ・セリア)
- グリエルモ・ダキタニアの回心 San Guglielmo duca d'Aquitania
- サルスティア Salustia
- 誇り高き囚人 Il prigionier superbo
- シリアのハドリアヌス Adriano in siria
- オリンピアーデ L'Olimpiade
幕間劇(オペラ・ブッファ)
- 妹に恋した兄 Lo frate'nnamorato
- 奥様女中 La serva padrona
- リヴィエッタとトラコッロ Livietta e Tracollo
- フラミニオ Il Flaminio
カンタータ
- オルフェオ Nel chiuso centro
協奏曲
- フルート協奏曲第1番ト長調
- フルート協奏曲第2番ニ長調
- ヴァイオリン協奏曲変ロ長調(偽作?)
宗教作品
- ミサ曲 ヘ長調
- ミゼレーレ ハ短調
- マニフィカト ハ長調
- サルヴェ・レジナ ハ短調
- スターバト・マーテル
生前の成功は限られたものであったが、没後人気が上昇し、その結果として偽作が大量に出回ることにもなった。多数の作品が誤って彼の作曲とされ、その混乱は1939~42年の〈作品全集〉にまで及んでいる。
20世紀前半にはイーゴリ・ストラヴィンスキーがペルゴレージの作品の中から数曲を選び、和音などに変更を加えてバレエ音楽「プルチネルラ」とした。形を変えながらもペルゴレージの作品が新古典主義の幕開けを告げたことは興味深い。
脚注
外部リンク
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