フランスの画家。フランス象徴主義を代表する人物で、聖書や神話によった幻想的な作品で知られる。
1826年パリで、建築家の父と音楽家の母の間に生まれる。1846年エコール・デ・ボザールに入学。
1864年パリのサロンにオイディプスとスフィンクスを出品し、名声を博す。1892年母校の教授となり、ジョルジュ・ルオーやアンリ・マチス、アルベール・マルケらを指導した。
![]() |
ギュスターヴ・モロー |
|---|
[ギュスターヴ・モロー 人物情報]
Wikipediaの人物情報
ギュスターヴ・モロー(1826年4月6日–1898年4月18日)は、フランスの象徴主義の画家である。パリに生まれパリで亡くなった。聖書や神話に題材をとった幻想的な作風で知られる。
印象派の画家たちとほぼ同時代に活動したモローは、聖書やギリシャ神話をおもな題材とし、想像と幻想の世界をもっぱら描いた画家であった。彼の作品は19世紀末のいわゆる『世紀末』の画家や文学者に多大な影響を与え、象徴主義の先駆者とされている。
生涯
1826年、パリに生まれた。1846年、エコール・デ・ボザール(官立美術学校)に入学。かたわら、ロマン主義の画家テオドール・シャセリオーに指導を受けていた。ロマン派の旗手ウジェーヌ・ドラクロワのアトリエにも出入りし、影響を受けている。ローマ賞を逃すものの1857年9月、私費でローマに留学。留学中の書簡集はフランスで発行されている。
1864年、サロン・ド・パリ(官展)に出品した『オイディプースとスフィンクス』は、スフィンクスを若い女の姿で描き、伝統的な物語を「男」と「女」の葛藤として描き出した作品で、当時の保守的なサロンでは物議をかもした。その後、モローは次第にサロンから遠ざかり、パリのラ・ロシュフーコー街の屋敷に閉じこもって黙々と制作を続けた。彼が1852年から終生過ごしたこの館は、遺言により「ギュスターヴ・モロー美術館」として公開されている。
1886年にパリのグービル画廊で開かれた水彩画展に出された『聖なる象(ペリ)』はモローの水彩画技法最良の部分を示している。高い評価を集めた同展はラ・フォンテーヌの『寓話』にもとづく水彩画連作と七点の独立した主題の作品で構成され、モローの生前唯一の個展となった。この『聖なる象』という主題に特定の典拠はなさそうだが、ヒンドゥー教の神が乗る神聖な象が念頭にあると考えられる一方、同時代の出版物などから、ほかに『ペリ』、『聖なる湖』、『東洋の詩人』と呼ばれていたことがわかっている。ペリとはペルシアの精霊であり、象の上に横たわる東洋風の楽器を持つ女性のことを指すと考えられているが、19世紀フランスの芸術家たちの間では美しい女性の姿でイメージ化され、芸術的霊感源ともなった。モロー自身、インドの細密画に基づいたペリをいくつか描いている。ここで既にインドとペルシアの混交が見られるが、『聖なる象』ではさまざまなイメージの断片がモザイクのように接着されて、宝石細工のような「幻想の東洋」が生み出されている。当時、流布していた装飾モチーフ集の図版からはインド風の装飾物が引用された。また、『寓話』の連作を描くにあたってモローはパリ左岸の動植物園に通い、さまざまな動物や植物の写生に励んでいたが、その成果もここに生かされている。ペリと彼女に捧げ物をする有翼の人物たちの関係については、モローがくり返し描いた詩人とインスピレーションの図像が見られる。
1892年、モローはエコール・デ・ボザール(官立美術学校)の教授となった。モローの指導方針は、弟子たちの個性を尊重し、その才能を自由に伸ばすことであった(「私は君たちが渡っていくための橋だ」とモローは語っていたという)。エコール・デ・ボザールのモローの元からはアンリ・マティスとジョルジュ・ルオーという2人の巨匠が生まれている。
主要作品
- 「オイディプースとスフィンクス」(1864年)
- 「オルペウスの首を運ぶトラキアの娘」(1866年)
- 「レーダー (ギリシア神話)」(1865年-1875年)
- 「サロメ (ヘロディアの娘)」(1876年)
- 「聖なる象(ペリ)」(1886年)
- 「聖セシリア」(1885年-1990年)
- 「ユーピテルとセメレ」(1894年-1895年)
ギャラリー
関連項目
- 象徴主義
- 世紀末芸術
- アンリ・マティス
- ジョルジュ・ルオー
脚注
外部リンク
- だまけん文化センター ギュスターヴ・モロー 聖なる象(ペリ)さて、象徴派の絵画を紹介してきましたが、最終回はギュスターヴ・モローの「聖なる象(ペリ)」です。 聖なる象 モローの数多くの傑作の中からこの作品を選んだ理由は、2つあり、この作品は国立西洋美術館が所蔵しているので見る機会が他の ...
- 足立区綾瀬美術館 annex | モロー「ピエタ」ギュスターヴ・モロー「ピエタ」。三菱一号館美術館で開催中のルドン展より。Pietà(1854)Gustave Moreau国立西洋美術館にもモローの「ピエタ」が展示されていますが、そちらはいかにもモロー的な、静かに燃える宝石のような色彩が印象的。
- 皐月――深町姫香の物... - 夢詩壷 - florentine(磯崎愛) - はてなハイク五月のパリはほんとに綺麗で、オルセー美術館には予想よりずっとアカデミスムの画家の絵が増えていて、ギュスターヴ・モロー美術館の素敵なおじ様に顔を覚えてもらうほど通いたおした私のご機嫌は、車に乗り込むまで続いていた。有頂天 ...
- PURE IMAGINATION : ギュスターヴ・モローギュスターヴ・モロー. 先日、ルドン展でモローの絵に出会ってから、再読している本。 「ギュスターヴ・モロー」絵具で描かれたデカダン文学 鹿島茂著 (六耀社). ルドン展には、「ピエタ」と「聖セバスティアヌスと天使」という2作品がありました。
- サロメとショパンの手 ギュスターヴ・モロー美術館とパリ市立ロマン主義 ...サロメとショパンの手 ギュスターヴ・モロー美術館とパリ市立ロマン主義美術館. P9302996. オペラ座から北に向かって10分も歩けば、ロシュフーコー通りの右側にギュスターヴ・モロー美術館があります。象徴主義の旗手、神秘的な絵画で知 ...
- 「ギュスターヴ・モロー 夢のとりで」(古書): やねうらアートギャラリーギュスターヴ・モロー 夢のとりで」 ◎おすすめ本 ギュスターヴ・モローの油彩画17点、水彩画28点、その他(グリザイユによる自画像)1点をオールカラー図版で収録。 大岡 信、1988年、PARCO出版 95頁、図版46(内、カラー46)、25.7×21cm、ソフトカバー、 ...
- パリ2 * ユニコーンがたくさんのギュスターヴ・モロー美術館パリ2日目の朝はまず、こちらへ向かいました。ぱららん! 以前訪れた時は閉まっていた、念願のギュスターヴ・モロー美術館ですヽ(*⌒∇⌒*)ノ::・'゚☆。.::・'゚☆ きっとどこかで見たことのあるという方も多いと思いますので、 モローの代表作を先に ...
- ギュスターヴ・モロー美術館: ユニコーンのみる夢は…ギュスターヴ・モロー美術館. F_3. この秋に、念願のギュスターヴ・モロー美術館へ行ったのですそこはもう、黄泉の国ではないかというほど、夢のような館だったのでした. ※詳細についてはたくさんの方が書かれているので割愛します. 1_2 ...
- オレンジのR+ // ギュスターヴ・モロー 《ヴェニス》ギュスターヴ・モロー 《ヴェニス》 1885 水彩 ひたすら美しい。 水彩ならではみずみずしさと、モローの幻想的な作風が相まって限りなく透明に近いブルーに溺れてしまいそうだ。 海は空に恋をした だけど遠すぎる距離ゆえに叶うはずもなく ...
- ギュスターヴ・モロー『オルフェウス - 美術と歴史と語学 ーペネロペ・クルス ...原題 今回取り上げる作品は、ギュスターヴ・モロー作『オルフェウス upload.wikimedia.org』です。 1. 惨殺後 ギュスターヴ・モロー(1826-1898)が描いているのは、狂信的なバッカスの巫女(みこ)たちに八つ裂きにされたオルフェウスの首です。
ニュースはありません。
人名辞典ではこのページで使用している画像の著作権は消失しているものと認識し ているか、許可を得て掲載しております。 万一、画像が許可を得て掲載されていない場合は速やかに画像を外すか、正式な許可を得る手続きをいたしますのでご連絡下さい。

