イタリアの物理学者・天文学者。1564年ピサ郊外で生まれる。
ピサ大学で医学を志したが、数学・物理学に転向。
在学中に振り子の等時性を発見、1589年、弱冠25歳で同大学の教授となる。1592年パドヴァ大学数学教授となった。
望遠鏡を用いて天体観測を行い、木星の4つの衛星や金星食、太陽の黒点などを発見し1610年に『星界の報告』として発表した。これはコペルニクスの地動説を証明するものであったため、1616年ローマに召喚され異端審問裁判にかけられた。無罪となったものの、地動説を流布しないことを制約させられた。1632年『天文対話』を発表、再び宗教裁判にかけられ、地動説を放棄させられ、投獄された。数ヵ月後に釈放された後は軟禁生活となった。
著書は他に『新科学対話』
(生年月日はユリウス暦)
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ガリレオ・ガリレイ |
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[ガリレオ・ガリレイ 人物情報]
Wikipediaの人物情報
ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei、ユリウス暦1564年2月15日 - グレゴリオ暦1642年1月8日)はイタリアの物理学者、天文学者、哲学である。
パドヴァ大学教授。その業績から天文学の父と称され、フランシス・ベーコン (哲学者)とともに科学的手法の開拓者としても知られる。1973年から1983年まで発行されていた2000イタリア・リラ(リラ (通貨)の複数形)紙幣に肖像が採用されていた。
生涯
名前
トスカナ地方では、長男の名前には「姓」を単数形にしてその名前とすることがある。ヴィンチェンツォ・ガリレイの第一子が「ガリレオ・ガリレイ」と名づけられたのも長男ゆえと考えられる。
イタリアでは特に偉大な人物を姓ではなく名で呼ぶ習慣がある(他にも、ダンテ・アリギエーリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・ブオナローティ、ラファエロ・サンティ、等)ため、名である「ガリレオ」と呼称されることが多い。ちなみに、ガリレオ・ガリレイの家系には同じ「ガリレオ・ガリレイ」という名の医師がいた。
家族と生い立ち
ガリレオの父は1520年フィレンツェ生まれの音楽家ヴィンチェンツォ・ガリレイ (Vincenzo Galilei) で、彼は呉服商もいとなんでいた。母はペーシャ生まれのジュリア・アンマンナーティ (Giulia Ammannati) 。2人は1563年に結婚し、翌年イタリアのトスカーナ大公国領ピサで長男ガリレオが生まれる。この後、ガリレオには弟4人、妹2人が出来た。1591年に父が死んでからは、家族の扶養や妹の持参金の支払いはガリレオの肩に掛かることになる。
マリナ・ガンバ (Marina Gamba) との間に2女1男をもうけた。ガリレオは敬虔なカトリック教会教徒であったが、家柄が違いすぎたため正式な結婚はしなかった。
娘のヴィルジニア・ガリレイ(Virginia Galilei 、1600年8月12日 - 1634年4月2日)とリヴィア(Livia 、1601年 - 1659年)は幼くしてアルチェトリの聖マッテオ修道院に送られた。ヴィルジニアは1616年修道士になりマリア・チェレステ (Maria Celeste) と改名した。マリア・チェレステ尼は父ガリレオに多くの手紙を送り、124通が残っている。リヴィアは1617年修道士になりアルカンジェラと改名した。息子のヴィンツェンツィオ(Vincenzio 、1606年 - 1649年)は1619年に父に認知され、セスティリア・ボッキネーリ (Sestilia Bocchineri) と結婚した。
1581年ガリレオはピサ大学に入学するが、1585年に退学。1582年ごろからトスカナ宮廷付きの数学者オスティリオ・リッチにエウクレイデスやアルキメデスを学び、1586年にはアルキメデスの著作に基づいて天秤を改良し最初の科学論文『小天秤』を発表する。
1589年にピサ大学の教授の地位を得て、数学を教えた。1592年パドヴァ大学で教授の職を得、1610年まで幾何学、数学、天文学を教えた。この時期、彼は多くの画期的発見や改良を成し遂げている。
ガリレオは、科学分野で実験結果を数学的に分析するという画期的手法で高く評価されている。彼以前にはこのような手法はヨーロッパには無かった。
さらにガリレオは科学の問題について教会の権威やアリストテレス哲学に盲目的に従うことを拒絶し、哲学や宗教から科学を分離することに寄与し、「科学の父」と呼ばれることになる。
しかしそれゆえに敵を増やし、異端審問で地動説を捨てることを宣誓させられ、軟禁状態での生活を送ることになる。
年譜
- 1564年 イタリアのピサ郊外で音楽家で呉服商のヴィンチェンツォ・ガリレイの長男として生まれる(当時、この地はトスカーナ大公国領だった)。
- 1581年 ピサ大学に入学(医学専攻)。
- 1585年 ピサ大学退学。家族でフィレンツェに移住。
- 1586年 最初の論文『小天秤』を発表。
- 1587年 初めてローマを訪問。当時の碩学クリストファー・クラヴィウスを尋ね、教授職の斡旋を願う。
- 1589年 ピサ大学数学講師(一説では教授)に就任(3年契約)。
- 1591年 父ヴィンチェンツォ死去。
- 1592年
- ピサ大学の職が任期切れになる。
- (ジョルダーノ・ブルーノ、捕縛される。)
- ヴェネツィア共和国(現在のイタリアの一部)のパドヴァ大学教授(6年契約)となり移住。この頃、落体の研究を行ったとされる。
- 1597年 ヨハネス・ケプラー宛の手紙で、地動説を信じていると記す。
- 1599年 パドヴァ大学教授に再任。この頃、マリナ・ガンバと結婚。2女1男をもうける。
- (1600年 ジョルダノ・ブルーノ、ローマ教皇庁により火あぶりの刑になる。)
- 1601年からトスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチの息子コジモ2世の家庭教師を兼任(大学の休暇時期のみ)。
- (1608年 ネーデルランド共和国(オランダ)で望遠鏡の発明特許紛争。)
- 1608年 トスカーナ大公フェルディナンド1世死去。ガリレオの教え子のコジモ2世がトスカーナ大公となる。
- 1609年 5月オランダの望遠鏡の噂を聞き、自分で製作。以後天体観測を行う。
- 1610年
- 木星の衛星を発見、「メディチ家(トスカーナ大公家のこと)の星」と名づける。これを『星界の報告』として出版、発表する。この頃から、地動説へ言及することが多くなる。
- (ケプラーが『星界の報告者との対話』を発刊、ガリレオを擁護する。)
- ピサ大学教授兼トスカーナ大公付哲学者に任命され、次女のみを連れフィレンツェに戻る。
- 1611年 アッカデーミア・デイ・リンチェイ入会。
- 1613年 『太陽黒点論』を刊行。
- 1613年頃? マリナと別れ、彼女の新しい結婚相手を見つけたとされるが、伝記の記載のみで根拠がないともいわれる。
- 1613年頃 2人の娘を修道院に入れる。
- 1615年 地動説をめぐりドミニコ会修道士ロリーニと論争となる。
- 1616年 第1回異端審問所審査で、ローマ教皇庁検邪聖省から、以後、地動説を唱えないよう、注意を受ける。
- ニコラウス・コペルニクスの『天体の回転について』、ローマ教皇庁より閲覧一時停止となる。
- 1623年 『贋金鑑識官』、教皇ウルバヌス8世 (ローマ教皇)への献辞をつけて刊行される。
- 1631年 娘たちのいるフィレンツェ郊外アルチェトリの修道院の脇の別荘に住む。
- 1632年
- 『天文対話』をフィレンツェで刊行。
- ローマへの出頭を命じられ、ローマに着く。
- 1633年
- 第2回異端審問所審査で、ローマ教皇庁検邪聖省から有罪の判決を受け、終身刑を言い渡される(直後にトスカーナ大公国ローマ大使館での軟禁に減刑)。
- シエーナのピッコロミーニ大司教宅に身柄を移される。
- アルチェトリの別荘へ戻ることを許される(ただし、フィレンツェに行くことは禁じられた)。
- 1634年 ガリレオを看病していた長女マリア・チェレステ死去(生まれたときの名はヴィルジニア)。
- 1637年 片目を失明。翌年、両眼を失明。以後、執筆は弟子と息子ヴィンツェンツィオによる口頭筆記になる。
- 1638年 オランダで『新科学対話』を発刊。口頭筆記には弟子のエヴァンジェリスタ・トリチェリが行った。
- 晩年 振り子時計を発明。図面を息子とヴィヴィアーニに書き取らせる。
- 1642年 アルチェトリにて没。
業績
天文学
ガリレオは望遠鏡を最も早くから取り入れた一人である。ネーデルラント連邦共和国(オランダ)で1608年に望遠鏡の発明特許について知ると、1609年5月に一日で10倍の望遠鏡を作成し、さらに20倍のものに作り変えた。
これを用いて1609年月に望遠鏡を向けてみたガリレオは、月面に凹凸、そして黒い部分(ガリレオはそこを海と考えた)があることを発見した。現代ではこのような岩石型の天体の表面の凹凸はクレーターと呼ばれている。月は完璧に球形であるとする古いアリストテレス的な考えでは説明がつかないものであった。
また、翌年の1610年1月7日、木星の衛星を3つ発見。その後見つけたもう1つの衛星とあわせ、これらの衛星はガリレオ衛星と呼ばれている。これらの観測結果は1610年3月に『星界の使者』(Sidereus Nuncius )として論文発表された(この論文には、3月までの観測結果が掲載されているため、論文発表は4月以降と考えられたこともあるが、少なくとも、ドイツのヨハネス・ケプラーが4月1日にこの論文を読んだことが分かっている)。この木星の衛星の発見は、当時信じられていた天動説については不利なものであった(詳細な理由は天動説を参照)。そのため論争に巻き込まれはしたが、世界的な名声を博した。晩年に、これらの衛星の公転周期を航海用の時計として使うことも提案しているが、精度のよい予報ができなかったことや、曇天時に使えない割には、船舶に大きな設備を積む必要があったことから、実際には使われなかった。
金星の観測では、金星が満ち欠けする上に、大きさを変えることも発見した。当時信じられていた天動説に従うならば、金星はある程度満ち欠けをすることはあっても、三日月のように細くはならず、また、地球からの距離は一定のため、大きさは決して変化しないはずであった。
さらに、望遠鏡での観測で太陽黒点を観測した最初の西洋人となった。ただし、中国の天文学者がこれより先に太陽黒点を観測していた可能性もある。形や位置を変える黒点は、天は不変で、月より遠い場所では永遠に変化は訪れないとする天動説には不利な証拠になった。これは、アリストテレス派の研究者と激しい議論となった。なお、ガリレオは晩年に失明しているが、これは望遠鏡で太陽を直接見たためだと考えられている。
ガリレオは1597年にケプラーに宛てた手紙の中で既に地動説を信じていると記しているが、17世紀初頭まではそれを公言することはなかった。主にこれら3点(木星の衛星、金星の満ち欠け、太陽黒点)の証拠から、地動説が正しいと確信したガリレオは、この後、地動説に言及することが多くなった。
その他には、天の川が無数の恒星の集合であることなども発見した。
物理学
ピサの大聖堂で揺れるシャンデリア(一説には香炉の揺れ)を見て、振り子の等時性(同じ長さの場合、大きく揺れているときも、小さく揺れているときも、往復にかかる時間は同じ)を発見したといわれている。ただしこれは後世に伝わる逸話で、実際にどのような状況でこの法則を見つけたのかは不明である。この法則を用いて晩年、振り子時計を考案したが、実際には製作はしなかった。
ガリレオはまた、落体の法則を発見した。この法則は主に2つからなる。1つは、物体が自由落下するときの時間は、落下する物体の質量には依存しないということである。2つめは、物体が落下するときに落ちる距離は、落下時間の2乗に比例するというものである。この法則を証明するために、ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とし、両者が同時に着地するのを見せた、とも言われている。
このほか、次のような説もある。- そもそも、1616年の裁判は存在しない。これは、当時ガリレオは告発も起訴もされていないということを根拠にしている。この説に基づくと、ベラルミーノがガリレオを呼び出したのは、今度、地動説を禁止する布告が出る、ということをガリレオに伝えるためであった。その後、ベラルミーノがガリレオを呼び出し、何らかの有罪判決を下した、という噂が広まったため、困ったガリレオがベラルミーノに無罪の判決文(正確には、ガリレオは何の有罪の判決も受けていないという証明書)を作ってもらった、という。
- 1616年の裁判の署名のない有罪の判決文(らしきもの)は、ベラルミーノが判決を言い渡したときに、同席した者がベラルミーノの口頭での発言を記述したものである(同席者がいたことはガリレオも認めている)。ただしこの説でも、記述した者の名が明らかでない。また、担当判事の署名がない以上、有効な文書でないという事実にかわりはない。
- 1616年の裁判の署名のない有罪の判決文(らしきもの)は、裁判の成り行きに合わせてあらかじめ用意されたもので、あとはベラルミーノの署名を書き足すだけで有効になるよう、先に作られていたものだった。しかし、結局、ガリレオは有罪とならなかったため、この文書にベラルミーノの署名はされなかった。ただし文書はローマ教皇庁に残され、第2回の裁判で証拠とされた。
ローマ教皇庁の対応
1965年にローマ教皇パウロ6世 (ローマ教皇)がこの裁判に言及したことを発端に、裁判の見直しが始まった。最終的に、1992年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)は、ガリレオ裁判が誤りであったことを認め、ガリレオに謝罪した。ガリレオの死去から実に350年後のことである。
2003年9月、ローマ教皇庁教理聖省(以前の異端審問所)のアンジェロ・アマト大司教 (Angelo Amato) は、ウルバヌス8世はガリレオを迫害しなかったという主張を行った。
2008年1月16日の毎日新聞によると、ローマ教皇ベネディクト16世 (ローマ教皇)が17日にイタリア国立ローマ・ラ・サピエンツァ大学での記念講演を予定していたが、90年の枢機卿時代にオーストリア人哲学者の言葉を引用して、ガリレオを有罪にした裁判を「公正だった」と発言したことに学内で批判が高まり、講演が中止になった。
なお、その後ベネディクト16世は2008年12月21日に行われた、国際連合や国際連合教育科学文化機関が定めた「世界天文年2009」に関連した説教で、ガリレオらの業績を称え、地動説を改めて公式に認めている。
後世の文学への影響
ドイツの作家ベルト・ブレヒトは1947年に、戯曲『ガリレイの生涯』(岩淵達治訳、岩波文庫)を書いている。『戯曲ガリレオ 英語版』(笠啓一訳、績文堂出版、2009年)もある。
イタロ・カルヴィーノは『なぜ古典を読むのか』(邦訳みすず書房刊)や『カルヴィーノの文学講義』(邦訳朝日新聞社刊)などにおいてガリレオを文人(詩人)としてとらえ、その文体を賞賛している。
主な著書
- 『星界の報告』(1610年) 山田慶児・谷泰訳、岩波文庫
- 『太陽黒点論』(1613年) 同上、訳名は「太陽黒点にかんする第二書簡」
- 『贋金鑑識官』(1623年) 山田慶兒・谷泰訳、『世界の名著 ガリレオ』中央公論社/新版中公クラシックス、2009年
- 『天文対話』もしくは『二大世界体系にかんする対話』(1632年) 青木靖三訳、岩波文庫(上下)
- 『新科学対話』(1638年) 『静力学について ガリレオ・ガリレイの「二つの新科学対話」』 加藤勉訳、鹿島出版会、2007年
- 『レ・メカニケ』(執筆:1599年頃、仏訳出版:1634年、原本出版:1649年)
- 豊田利幸解説・訳、『世界の名著 ガリレオ』中央公論社
脚注
文献
参考文献
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伝記・研究文献
- 『ガリレオの弁明』 トンマーゾ・カンパネッラ、澤井繁男訳、ちくま学芸文庫 2002年
- 『ガリレオの生涯』<全3巻> スティルマン・ドレイク、田中一郎訳
- 共立出版、1984-85年 ISBN 4320008189, ISBN 4320008197, ISBN 4320008200
- 『ガリレオ 庇護者たちの網のなかで』 田中一郎、中公新書 1995年 ISBN 412101250X
- 『ガリレオの迷宮 自然は数学の言語で書かれているか?』
- 高橋憲一、共立出版、2006年 ISBN 4320005694
- 『人類の知的遺産31 ガリレオ』 伊東俊太郎編・解説
- 講談社 1985年 -著作の訳が一部ある。
- 『ガリレオ研究』 アレクサンドル・コイレ、菅谷暁訳
- 叢書ウニベルシタス・法政大学出版局、1988年
- 『「知の再発見」双書140 ガリレオ はじめて「宇宙」を見た男』
- ジャン=ピエール・モーリ、田中一郎監修、遠藤ゆかり訳 創元社、2008年
- 『ガリレオの娘 科学と信仰と愛についての父への手紙』
- デーヴァ・ソベル 田中一郎監修、田中勝彦訳 DHC 2002年 ISBN 4887242646
- 『ガリレオの生涯』 アルフレッド・エンゲルベルトヴィッチ・シテクリ
- 松野武訳、東京図書 1977年、新版1986年
関連項目
- エヴァンジェリスタ・トリチェリ - 真空実験で有名、ガリレオの晩年の弟子である。
- ガリレオ・ガリレイ国際空港 - ガリレイの名を冠したピサの空港
外部リンク
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