イギリスの細菌学者。ペニシリンの発見者として知られる。
1881年スコットランドのロッホフィールドに生まれる。ロンドン大学セント・メアリー病院医学校で細菌学を学ぶ。第1次大戦には軍医として従軍し、感染症治療の研究に情熱を捧げるようになった。
1922年溶菌酵素リゾチームを発見。1929年青カビから球菌の発育を阻害する成分を抽出し、「ペニシリン」と命名した。
最初の抗生物質発見者として、1945年ノーベル生理学・医学賞を受賞。
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アレクサンダー・フレミングフレミング |
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[アレクサンダー・フレミング 人物情報]
Wikipediaの人物情報
サー・アレクサンダー・フレミング(Sir Alexander Fleming, )と、)から見出した世界初の抗生物質、ペニシリンの発見者として知られている。
業績
フレミングは、)のリージェント工芸学校で2年間教育を受けた。彼は、商船会社に4年間勤めた後に、ロンドン大学のセント・メアリーズ病院医学校に入学し、卒業後は第一次世界大戦で同病院が破壊されるまで、同医学校に所属した。第一次世界大戦の間、彼は多くの同僚とともにフランスの戦場病院に参加した。戦場の死にかけている軍人が罹患するガス壊疽などの恐ろしい感染症と直面した経験により、戦後、セント・メアリーズ病院医学校に復帰した彼は、感染症治療を改善する薬剤の探索に情熱を傾け始めた。
フレミングはリゾチームとペニシリンという、抗菌性を有する2つの物質をいずれも1920年代に発見したが、どちらも全くの偶然から見出した発見(セレンディピティ)であると伝えられている。リゾチームは動物の唾液や卵白などに含まれている殺菌作用を持つ酵素であるが、これは細菌を塗抹したペトリ皿に、フレミングがクシャミをしたことで発見された。数日後、クシャミの粘液が落ちた場所の細菌のコロニーが破壊されているのを発見したことが、彼の実験ノートに書きとめられている。なお、リゾチームには感染症を治癒させる力はなかったが、現在では食品添加物や医薬品として用いられている。
世界最初の抗生物質として有名なペニシリンもまた偶然から見つかった。フレミングの実験室はいつも雑然としていて、その事が彼の発見のきっかけになったようである。それは1928年に、彼が実験室に散乱していた片手間の実験結果を整理していた時のことである。廃棄する前に培地を観察した彼は、黄色ブドウ球菌が一面に生えた培地にコンタミネーションしているカビのコロニーに気付いた。ペトリ皿上の細菌のコロニーがカビの周囲だけが透明で、細菌の生育が阻止されていることを見つけ出した。このことにヒントを得て、彼はアオカビを液体培地に培養し、その培養液をろ過したろ液に、この抗菌物質が含まれていることを見出し、アオカビの属名であるPenicilliumにちなんで、"ペニシリン"と名付けた。フレミングはこの新発見の重要性を認識し、1929年6月号のBritish Journal of Experimental Pathology誌でペニシリンに関する報文を発表した。
引き続いてフレミングは、ペニシリンを実用化するための基礎研究に取りかかった。彼はペニシリンを実用化するためには二つの課題があることを直感的に悟っていた。一つは十分な量を確保できるようにすること、もう一つは彼が発見したペニシリンは効き目が現れるのに時間がかかったため、より効果的なものに改良することである。これらの課題を克服するには、アオカビの培養液から活性本体だけを取り出す、すなわちペニシリンを精製する必要があった。しかし、それは細菌学者であった彼よりもむしろ化学者が得意とする分野の仕事であったため、思うようにははかどらなかった。その上、彼のペニシリンの最初の報文が当時の医学関係者に受け入れられなかったことも、研究の進展を妨げた。
結局フレミング自身はペニシリンの精製には成功しなかった。しかし、ペニシリンが発見されてから既に十年が経った1940年、彼の報文を読んだ二人の科学者、ハワード・フローリーとエルンスト・ボリス・チェーンがペニシリンを精製し効果的な製剤にする方法の開発に成功した。彼らの研究により、第二次世界大戦中には、ペニシリンは薬剤として大量生産できるようになり、ペニシリン発見の真の価値が改めて再認識されることになった(「ペニシリンの再発見」とも呼ばれる)。
この「再発見」がきっかけとなって、フレミングは1944年にペニシリン発見の業績によりナイトに叙せられた。また、1945年にはフレミング、フローリーおよびチェーンはノーベル賞を共同受賞することになった。フローリーは後年、ペニシリンが大衆に利用されるようになり、第二次世界大戦の多くの兵士を救命した業績により、爵位を受けた。また、1951年からエディンバラ大学の学長を務めた。
また、画家の ジェームズ・マクニール・ホイッスラーが提唱した、すべてのジャンルのアーティストのための私営のクラブであるChelsea Arts Clubにフレミングは長らく参加していた。後年、彼はこのクラブでの試みから、色素を産生する細菌を絵具代わり(顕色材代わり)にし、白金耳(細菌を培地に塗るための器具)を筆代わりにして絵を描く、"germ paintings"と呼ばれる手法を生み出した。細菌自体はキャンバスに塗っても見えないが、それらを培養したコロニーは明るい色彩をつくりあげることができるのである(註:自然界に存在する細菌のうち、ヒトに病原性を示すものはごく一部にすぎない)。- marcescens - 赤色
- sp. - 橙色
- luteus - 黄色
- violaceum - 紫色
- roseus - ピンク色
- varians - 白色
1955年フレミングはロンドンの自宅で心臓発作により死去した。彼は国家の英雄としてロンドンのセント・ポール大聖堂に埋葬された。彼のペニシリンの発見は近代医薬を変革させ、有効な抗生物質の時代をもたらした。
外部リンク
- 45Time 100: The Most Important People of the Century46 profile on Alexander Fleming (英語)
- Fleming and Churchill (英語) - より。フレミングあるいは彼の父がウィンストン・チャーチルの命を救ったという都市伝説を解明している。
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- whitepeach's blog: あと数回で小沢裁判を載せますので・・・・・。アレキサンダー・フレミングはペニシリンの発見者として有名だが、現代でも最高のこの抗生物質が見つかったきっかけには、彼が科学者であると同時に、もう一つの顔を持っていたことがあげられる。フレミングはイギリスの研究所でカビの研究 ...
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