ポーランド系のフランスの詩人・作家。本名、ヴィルヘルム・アポリナリス・コストロヴィツキ。
1880年イタリアのローマに生まれる。1900年にパリに出て仕事の傍ら、創作活動を行った。ピカソらと交流し、画家マリー・ローランサンと恋に落ちた。1914年第1次世界大戦が勃発するとフランス軍に志願してフランスに帰化した。1917年従軍中に頭部に重症を負い、翌1918年にスペイン風邪にかかって死去した。
アポリネールは象徴主義にシュルレアリスム的傾向を加えた前衛運動の先駆者で、戯曲「ティレジアスの乳房」で「シュルレアリスト」という語を初めて使った人物である。
代表作は『アルコール』『立体派画家論』など。
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ギヨーム・アポリネールアポリネール |
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[ギヨーム・アポリネール 人物情報]
Wikipediaの人物情報
ギヨーム・アポリネール(Guillaume Apollinaire, 1880年8月26日 - 1918年11月9日)は、イタリア出身のポーランド人の詩人、小説家、美術批評家。本名ヴィルヘルム・アポリナリス・コストロヴィツキ(Wilhelm (Albert Vladimir) Apollinaris de Kostrowitzky / Wiliam (Albert Włodzimierz) Apolinary Kostrowicki)。
印象派批判主義「キュビスム」の先導者の1人。主な作品に『ミラボー橋』がある。
"シュルレアリスム"という語は彼の作品から生まれた。
生涯
ローマにて出生。母はナヴァフルダク近郊出身のシュラフタ(szlachta: ポーランドの貴族)。父の素性は不明であるが、アポリネールの幼少期に姿を消したスイス系イタリア人貴族、フランチェスコ・フルージ(Francesco Flugi d'Aspermont)であるとみられる。
19歳のとき、パリに赴く。市内のモンパルナスにはパブロ・ピカソ、マルク・シャガール、マルセル・デュシャンら錚々たる芸術家が集ったが、中でも彼は、特に人気のある部類に属していた。1911年、キュビズムを奉ずる一派「ピュトー・グループ」に参加。同年9月7日、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『モナ・リザ』盗難事件の犯人として逮捕されるが、1週間で釈放された(『モナ・リザ』は2年後の1913年12月に発見された)。
詩人としては、詩集『腐ってゆく魔術師』(L'enchanteur pourrissant, 1909年)や『アルコール』(Alcools, 1913年)で、名声を確立した。これらは象徴主義の影響を受けている。また、随筆『キュビストの画家たち』(Les Peintres cubistes, 1913年)は、多くの前衛画家の存在と価値とを世に知らしめた。死の直後に公刊された『カリグラム』(Calligrammes, 1918年)では、文字で絵を描くという斬新な手法で高い評価を得た。
『アルコール』は、句読点を一切用いない独特の文体で知られる。また、同書に収められた『ミラボー橋』(Le pont Mirabeau)は、画家マリー・ローランサンとの恋とその終焉を綴り、シャンソンの曲として歌われるようになった。
小説の分野では、同性愛やサディズム、殺人に関する描写をふんだんに盛り込んだ『一万一千本の鞭』(Les Onze Mille Verges, 1907年)を上梓。しかし直ちに発禁処分を受け、以後フランスでは1970年まで公刊されなかった。
匿名で出版した『若きドン・ジュアンの冒険』(Les exploits d'un jeune Don Juan)では、姉や叔母、妊娠中の女など、様々な女性と関係する主人公ロジェの奔放な性生活を綴り、ベストセラーとなった。同書は1987年に映画化されている。また、短編集『異端教祖株式会社』(L'hérésiaque Et Cie)では、語呂合わせの技法を縦横に駆使した幻想的な世界を展開した。
批評家としては、マルキ・ド・サドの自由主義的思想を激賞し、モーリス・エーヌ(Maurice Heine)と共に、サドの再評価とサド文学の復興に尽力した。またジョルジョ・デ・キリコを絶賛し、評論『キュビスムの画家たち』を発表してパブロ・ピカソをはじめとするキュビスムの画風の革新性を論じるなど、20世紀の新たな芸術の評価の確立に大きな役割を果たした。
第一次世界大戦に従軍するが、1916年に負傷。翌1917年、戯曲『ティレシアスの乳房』(Les Mamelles de Tirésias)が上演された。
1918年、スペインかぜで病死した。38歳。ペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。
関連項目
- オルフィスム
- レ・ソワレ・ドゥ・パリ
外部リンク
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