Ghiberti, Lorenzo

ロレンツォ・ギベルティ

ギベルティ
Ghiberti, Lorenzo
1378年~1455年12月01日
[イタリア] [彫刻]

[ロレンツォ・ギベルティ 人物情報]

イタリア・ルネサンス期の彫刻家・画家・金細工師。
1378年頃フィレンツェに生まれ、金細工師として修業を積んだ。1403年フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉制作競技にブルネレスキらを退けて優勝。21年かけて北門の浮彫彫刻を完成させた。同作は絶賛され、続いて東門の制作を依頼された。20年以上かけて1452年に完成。ギベルティの最高傑作といわれ、ミケランジェロからは「天国の門」と絶賛された。
ギベルティは彫刻においてゴシック様式をルネサンス様式へと転換させた人物である。代表作は他に「洗礼者ヨハネ」像など。

Wikipediaの人物情報

ロレンツォ・ギベルティLorenzo Ghiberti、1381年頃 - 1455年12月1日)は初期ルネサンスの彫刻家、金細工師。鋳造技術においては並ぶ者のない腕前を示し、その技量は今日においても賞賛されている。フィレンツェ随一の芸術家であり、彼の工房はドナテッロやパオロ・ウッチェロ、ミケロッツォ・ディ・バルトロメオら優れた芸術家を輩出した。

経歴

フィレンツェの金細工師バルトロ・ディ・ミケーレの子として生まれる。幼い頃より細工師としての修行を積むが、フィレンツェの政情不安と伝染病の蔓延により、一時ペーザロに赴く。しかし、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の門扉見本の製作競技を知り、帰国する。

門扉見本競技の題材は『イサクの燔祭』であり、これにはフィリッポ・ブルネレスキ、シモーネ・ダ・コッレ、ニッコロ・ダレッツォ、ヤコポ・デッラ・クエルチャ、フランチェスコ・ディ・ヴァルダンブリーナ、ニッコロ・ランベルティが参加した。1402年末あるいは1403年はじめに、門扉競技委員会はロレンツォ・ギベルティを全員一致で推薦する。ただし、ブルネレスキの経歴によれば、競技委員会の見解はギベルティとブルネレスキを優勝とし、両者が門扉の製作を行うこととしたが、ブルネレスキはこれを辞退したと伝えている。両者の作品は、今日、バルジェッロ国立美術館に隣り合わせで展示されている。

1403年11月23日、ギベルティと父バルトロに門扉製作依頼の契約が交わされたが、両者による製作がことのほか遅れたため、大商人組合は催促の意味で1407年6月に契約を更新、ギベルティ一人との契約が交わされることになった。彼は扉製作の合間にも活動を行い、1409年8月3日に金細工師組合に登録、1414年12月1日には、大商人組合からオル・サン・ミケーレ聖堂の外壁壁龕に洗礼者ヨハネの像を作製することが依頼され、これは1416年に完成した。さらに1419年8月には、同教会の聖マタイの像の製作が委託されるが、これはあまり出来のよいものではなく、さらにギベルティの作成したものかドナテッロによるものかはっきりしない。オル・サン・ミケーレでは、このほか1425年に羊毛組合から聖ステファノ像の依頼を受けている。1420年後半に、彼はコジモ・デ・メディチ、ロレンツォ・デ・メディチより、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂の三人の殉教者のブロンズ製棺の作製依頼を受け、これを非常に精巧に造った。1423年には画家組合に参加、その間にもサン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の製作は続行し、1424年4月19日、完成した扉は洗礼堂東門に設置された。

ギベルティの完成した門扉がアンドレア・ピサーノの作品を凌駕していることを確信した大商人組合は、1425年1月2日に新たに壮麗な扉を作成するよう、ギベルティに依頼した。彼はレオナルド・ブルーニらの意見を取り入れつつ、1428年から扉の製作を始め、1452年6月に扉は完成した。この扉の壮麗さを目の当たりにした大商人組合は、この門扉の取り付け位置を、本来の北側から東側に変更し、かつてギベルティが造った扉を北側に移動させた。さらにアンドレア・ピサーノ作の扉の枠の作製をも彼に委託した。これはロレンツォの死後、彼の息子ヴィットリオ・ギベルティによって1463年に完成する。

ギベルティは、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドーム建設にも参加し、ブルネレスキ、バッティスタ・ダントニオとともにその造営にあたった。ギベルティはドームの下部構造であるカテーナの建設に失敗し、莫大な損失を与えたため1432年には工事監督の任から降りたと考えられるが、大聖堂の造営からはずされることはなかった。彼は1432年3月18日に、後陣内部の聖ザノービの棺の作製を依頼されている(もっとも、この契約はロレンツォの契約不履行で破棄され、1439年には、期限付きでの再契約が結ばれている)。彼は、晩年に『コメンターリ』を執筆、1455年に死に、遺骸はサンタ・クローチェ聖堂 (フィレンツェ)に埋葬された。

主要作品

  • 1402年製作『イサクの犠牲』(バルジェッロ国立美術館所蔵 フィレンツェ)
  • 1416年製作『洗礼者ヨハネ』(オル・サン・ミケーレ聖堂、フィンツェ)
  • 1422年製作『聖マタイ』(オル・サン・ミケーレ聖堂、フィレンツェ)
  • 1424年製作『キリストの生涯』(サン・ジョヴァンニ洗礼堂 フィレンツェ)
  • 1427年製作『ドミニコ会管長リオナルド・ダーティの墓碑』(サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂 フィレンツェ)
  • 1427年?製作『プロトゥス・ヒュアキントス・ネメギウスの墓碑』(バルジェッロ国立美術館所蔵 フィレンツェ)
  • 1429年製作『聖ステファノ』(オル・サン・ミケーレ聖堂、フィレンツェ)
  • 1440年製作『聖ザノービ(ザノビウス)の墓碑』(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 フィレンツェ)
  • 1434年から1442年製作『菜園での祈り』『キリスト奉献』『聖母昇天』ステンドグラス
  • 1447年以降の著作『コメンターリ(Commentari)』

関連項目

  • ルネサンス
  • サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
1378年生まれの人物
ロレンツォ・ギベルティ /

ロレンツォ・ギベルティに関するブログ記事
  • ルネサンスの彫刻家・画家・金細工師-ロレンツォ・ギベルティ | 芸術家たち ...
    浮彫彫刻を21年かけて北門・20年かけて東門(天国の門)を制作する。ギベルティの最高傑作である。そんな芸術家ロレンツォ・ギベルティを詳しくご紹介しています。
  • イタリア旅行記-フィレンツェ編-: Principessa の ”Bella Giornata”
    中でもジョットの鐘楼や、サンジョバンニ洗礼堂の、ロレンツォ・ギベルティによる東側の扉『天国の門-Potra del Paradiso-』は有名です。 10枚のパネルに旧約聖書の逸話が描かれていて、後にミケランジェロが「天国への門」と呼んで賞賛 ...
  • from ITALY サン・ジョヴァン二洗礼堂
    あのミケランジェロが「天国への門」と賞賛したというロレンツォ・ギベルティ作の東側の扉が有名。 (でもこれは複製で、本物はドゥオモ付属博物館にあるそうです。) Immagine 049 すっきりと晴れた週末、 金色の扉がいつもよりピカピカしている ...
  • ロレンツォ・ギベルティ - 享楽の楽園
    ロレンツォ・ギベルティ 【ヨセフの物語】 「花の都」と謳われた中部イタリアの都市フィレンツェは、人類史上に異彩を放つ「ルネサンス」文化発祥の地です。 ジョット,ドナテッロ、ボッチィチェリ、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロといった比類ない美術家 ...
  • Da Vinci は、なぜ「風景画」を描かなかった? 英語学習もろもろ/ウェブリ ...
    ロレンツォ・ギベルティの作で,旧約聖書の物語が浅浮彫りで彫られています。現在の金色燦然たるパネルは最近日本人作家によって作成された複製ですが,オリジナルはドゥオーモ美術館に保存されています。」 これらの「聖書」に語られて ...
  • コウメイ4雑日記 イタリア旅行記 2日目 そのに
    東西南北にそれぞれ扉が用意されていますが、その中でも、ロレンツォ・ギベルティによる東側の扉が特に有名で、後にミケランジェロが「天国への門」と呼んで賞賛したことから現在は主にこの名で呼ばれています。 入場ゲートのところにチケット ...
  • sogblog Firenze へ!
    1425~52 年、なんと 27 年の歳月をかけてロレンツォ・ギベルティ・Lorenzo Ghiberti によって制作された青銅金塗りの扉で、 大きな10の場面の逸話は、旧約聖書のお話から取られ、 左上から「アダムとイヴ」 その右「カインとアベル」等などと続き、 最後の右下 ...
  • mariのページ – 世界の名画をコメント付きで紹介するページです。 美術 ...
    このコンクールは古代以来最初の美術コンペでしたが、最終的に残ったのがロレンツォ・ギベルティと、このフィリッポ・ブルネレスキの作品でした。そして結局、繊細で優美なギベルティのものが選ばれたのです。以後、二人はライバルとして、ことあるごとに火花を ...
  • Blue-Tiger-Eye:世界遺産(文化遺産) サン・ジミニャーノ歴史地区 サンタ ...
    ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ「玉座の聖母子と聖人たち」(1494)に描かれている小さなドミニコ修道士は、彫刻家で金細工師のロレンツォ・ギベルティ(Lorenzo di Bartolo)が描いたという説がある。 身廊左右の壁面の美術品は、 ...
  • 70年150年説(ヨーロッパ発展の時代・第2段階) - ルネサンスより未来へ
    UTC、URL: http://ja.wikipedia.org/より【ロレンツォ・ギベルティ(Lorenzo Ghiberti、1381年頃 - 1455年12月1日)は初期ルネサンスの彫刻家、金細工師。鋳造技術においては並ぶ者のない腕前を示し、その技量は今日においても賞賛されて ...

ロレンツォ・ギベルティに関するニュース

ニュースはありません。