イスラムの哲学者・法学者・医者。ラテン名アヴェロエス。
1126年スペインのコルドバで、代々法律家を務めた家に生まれる。神学や法学、詩文や医学、数学、天文学など様々な学問を修め、はじめ裁判官としてセビリアなどで活躍した。1182年にモロッコに招かれてムワッヒド朝カリフの主治医となった。
イブン・ルシュドはアリストテレスの注釈で知られ、純粋なアリストテレス哲学に見られる宇宙論の再興を模索した。その著作はラテン語に翻訳されて、「二重真理説」などで中世ヨーロッパ世界に多大な影響を与え、ラテン・アヴェロエス派を形成するに至った。
イブン・ルシュドイブンルシュド (別名:アヴェロエス) |
[イブン・ルシュド 人物情報]
Wikipediaの人物情報
アブー・アル=ワリード・ムハンマド・イブン・アフマド・イブン・ルシュド( , 1126年 - 1198年)は、スペインのコルドバ生まれの哲学者。で描かれたイブン・ルシュド(中央の人物)
アヴェロエス () の名でよく知られている。アラブ・イスラム世界におけるアリストテレスの注釈者として有名。また、医学百科事典を著した。
彼の著作は、中世ヨーロッパのキリスト教のスコラ学によって、ラテン語に翻訳され、ラテン・アヴェロエス派を形成した。
ラファエロ・サンティの代表作であるアテナイの学堂にギリシア哲学の一人として描かれている。
「中世思想原典集成.11 イスラーム哲学」(平凡社、2000年)に、著書『矛盾の矛盾』が日本語訳されている。
脚註
関連項目
- 炎のアンダルシア - イブン・ルシュドを主人公としたエジプト・フランス合作映画。カンヌ国際映画祭第50回記念特別賞受賞作品。
- ラテン・アヴェロエス派
- イブン・スィーナー
- 全能の逆説
- イスラーム哲学
外部リンク
1126年生まれの人物
イブン・ルシュド /
イブンルシュドに関するブログ記事
- たまに現実逃避するけど、日帰りで戻ってくる。|93232215さんのブログイブンルシュド(゜∇゜) 赤本部屋行って、高崎を二題解いて、下校. AM11:00~PM16:00 ラト勉 けっこう居座った( ̄○ ̄;) 勉強って本当につまらなくて、しかもすぐに眠くなるからどうしようもない 景色も一定だし(°_°) お金はないし(°_°) 隣の磐 ...
- 米ライフ誌「ここ1000年での偉人100選」で、ただ一人の日本人 当てたら ...ベートベンが入るのにバッハは入らないのな<br> 後、イブンシーナーとイブンルシュドは絶対に入れるべきだと思う. 1027 学名ナナシ : 2011年09月27日 02:55 *この発言に返信. ベートベンが入るのにバッハは入らないのな後、イブンシーナー ...
- もの言う翔年(ユリウス):無神論者のリスト哲学を例に取ればギリシア哲学→イブンバットゥータ、イブンルシュドらムスリムの学者→トマスアクィナスらキリスト神学者→デカルトやヘーゲルらキリスト教徒 というバトンパスがあってこその学問です) それに実際「行動的」であった平和的 ...
- ありもしない世界史の事件書くと知りもしない奴が解説してくれるスレ ...... のひとつスペイン南部ユルドバから西にある古都ブリッケンを占領したヨーロッパ軍勢から地中海またその近辺にまでに及ぶ大規模な戦闘で互いに戦力が均衡していたが宰相イブンルシュドの活躍によりヨーロッパ軍勢は脱退し難を逃れた ...
- ライ麦畑はハーベスト : 科挙の中身 (5)中世西欧はイスラム経由のイブンルシュドとかイブンシーナーをラテン語訳して 大学の教科書にしてたんでしょ イブンシーナーの医学典範は12世紀頃から17世紀頃までヨーローッパの大学で使用されたと wikipediaには書いてあるけどな ...
- 【東大】東京大学 文科総合part41【文系】/受験ブログ99 :大学への名無しさん2011/02/27(日) 19:13:49.79 ID:wJMi9RDB0. イブンルシュドとシーナーってどっちもアリストテレス哲学者で医学者なんだよな それを二人とも書かせるってのもあれだし、文化オンリーってのもなんか単純すぎるよなぁ ...
- 2012年度世界史勉強法 Part4/受験ブログイブンルシュドってコルドバ生まれだからチュニジアじゃないよね? 258 :2522011/11/11(金) 15:22:17.18 ID:bxO9yMK20. >>255 間違えた イブン・ハルドゥーンでした. 296 :大学への名無しさん2011/11/13(日) 19:31:36.66 ID:hmu+1kal0 ...
イブンルシュドに関するニュース
ニュースはありません。
