マリー・キュリー

マリー・キュリー

キュリー(別名:キュリー夫人)

Curie, Marie

1867年11月7日 – 1934年7月4日 (66歳没)

ポーランド 自然科学

マリー・キュリーの人物情報

ポーランド出身の化学者・物理学者。旧姓マリヤ・スクオドフスカ。
1867年ロシア支配下のワルシャワで生まれる。24歳でパリに出てパリ大学に入学、数学と物理を学んだ。1895年にピエール・キュリーと結婚し、夫妻で放射性物質の研究を行った。1898年ラジウム・ボロニウムを発見し、1902年にはラジウムの分離に成功。1903年には夫婦でノーベル物理学賞を受賞した。
1906年に夫ピエールが交通事故で死去し、後任としてパリ大学教授に就任。
1911年にはノーベル化学賞を受賞した。1912年からはパリ大学付属ラジウム研究所を所長を務めた。
放射能研究の影響で慢性白血病となり、1934年に死去した。