ヴィクトリア

ヴィクトリア

Victoria

1819年5月24日 – 1901年1月22日 (81歳没)

イギリス 王侯

ヴィクトリアの人物情報

イギリスの女王。1837年に18歳で即位し、1901年に亡くなるまで63年7か月在位した。1876年からはインド女帝も兼ねている。いとこのアルバート公と結婚して9人の子をもうけたが、1861年に夫を亡くしてからは長く喪に服した。在位中のイギリスは産業と海外領土を大きく広げ、この時代は「ヴィクトリア朝」と呼ばれる。子や孫が各国の王家と縁組みしたため、「ヨーロッパの祖母」とも呼ばれた。

同時代の人物

1819年の同い年には、1週間後に生まれたアメリカの詩人ホイットマン、『白鯨』のメルヴィル、フランスの画家クールベがいる。1歳上のマルクスは1849年からロンドンに住み、大英博物館に通って『資本論』を書いた。女王のお膝元で、君主制を否定する思想が練られていたわけである。

日本では、洋画の先駆者高橋由一が9歳下だ。女王が亡くなった1901年(明治34年)の12日後には、福沢諭吉も世を去った。福沢は1862年、文久遣欧使節の一員としてロンドンを訪れている。

年齢で見る生涯

  • 18歳(1837年) 伯父ウィリアム4世の死去により即位
  • 19歳(1838年) ウェストミンスター寺院で戴冠式
  • 20歳(1840年) アルバート公と結婚
  • 42歳(1861年) アルバート公が42歳で死去。以後、長い喪に入る
  • 53歳(1872年) ウィンザー城で岩倉使節団を謁見
  • 57歳(1877年) インドのデリーで「インド女帝」即位が宣言される
  • 68歳(1887年)・78歳(1897年) 即位50周年と60周年の記念式典
  • 81歳(1901年) ワイト島のオズボーン・ハウスで死去

結婚生活は21年あまり、未亡人としての年月は39年で、その倍近くある。「喪服の老女王」というおなじみの姿は、治世の後半のものだ。

人物のつながり

  • ディズレーリとグラッドストン:交互に首相を務めたライバル。女王は機知に富むディズレーリを好み、インド女帝の称号も彼の政権で実現した。グラッドストンについては「公開集会に向かって話すように私に話す」とこぼしたと伝えられる。
  • ナイチンゲール:1歳下。1856年、クリミアから戻った彼女をバルモラル城に招き、日記に「とても賢く、あらゆることに明晰な見方をする」と書いた。
  • ヴィルヘルム2世:女王の初孫。のちに英国と対立するドイツ皇帝だが、1901年には祖母の臨終に駆けつけた。

エピソード

転げ落ちた老卿と、外れない指輪(19歳・1838年)

5時間に及んだ戴冠式を、ヴィクトリアはその夜の日記に細かく書いている。臣従の礼の場面では、82歳で足の弱ったロール卿が玉座への階段で転び、下まで転がり落ちた。卿がもう一度上ろうとすると、女王は立ち上がって階段の端まで進み出て、二度目の転倒を防いだ。式の後は、大主教が指輪を違う指にはめたため「ひどく痛い思いをしてようやく外した」。伝記作家ストレイチーによれば、宮殿に戻った女王は自室に駆け上がり、愛犬ダッシュを風呂に入れたという。

ナンセンス詩人に絵を習う(27歳・1846年)

1846年7月、ヴィクトリアは離宮オズボーン・ハウスに風景画家エドワード・リアを招き、水彩画を習った。この年の初めに滑稽詩集『ナンセンスの絵本』を出したばかりの人物である。レッスンは全12回。日記には「教え方がとても上手」「私の絵をとても喜び、励ましてくれた」「2枚目の模写をたいそうほめられた」と、生徒の喜びが素直に並ぶ。リアの伝記によれば、宮廷の作法を知らないリアが女王の前で暖炉に背を向けて上着の裾を温めるたびに、侍従が彼を部屋の反対側へ呼んだという。

「We are not amused」は本当に言ったのか

「面白くありませんね(We are not amused)」は女王の代名詞のような台詞だが、言ったという確かな証拠はない。出どころは女王の死後、1919年に出たキャロライン・ホランドの回想録で、晩餐で侍従がきわどい話をした後の「言い伝え」として紹介されている。ホランド自身はその場にいなかった。孫娘のアリス王女は、祖母本人が否定したと後年回想している。側近の手紙にはむしろ、女王が「大いに面白がって大笑いした」という記述が残る。

出典・参考資料

  • Wikipedia「ヴィクトリア (イギリス女王)」、Wikipedia(en)「Queen Victoria」「Iwakura Mission」、Wikipedia「福沢諭吉」「文久遣欧使節」
  • Queen Victoria's Journals(RA VIC/MAIN/QVJ、queenvictoriasjournals.org)1838年6月28日(戴冠式)、1846年7月15〜17日(リアのレッスン)、1856年9月21日(ナイチンゲール)
  • Viscount Esher編『The Girlhood of Queen Victoria』第1巻(1912年。戴冠式の日記の刊行版。Project Gutenberg #75138)
  • Lytton Strachey『Queen Victoria』(1921年)第3章(ダッシュの風呂)
  • Royal Collection Trust「Royal Artists」「Queen Victoria」(リアの12回のレッスン)
  • Vivien Noakes『Edward Lear: The Life of a Wanderer』(暖炉の逸話)
  • Caroline Holland『The Notebooks of a Spinster Lady』(1919年)、The Phrase Finder「We are not amused」
  • Oxford Dictionary of National Biography「Victoria」(「言った直接の証拠はない」)、Christopher Hibbert『Queen Victoria: A Personal History』(女官マリー・マレットの手紙)
  • BBC『Royal Heritage』(1977年)のアリス王女のインタビュー
  • H. Cortazzi「The Iwakura Mission in Britain, 1872」(LSE、1872年12月5日のウィンザー謁見)